プライベートバンクが提供する”利回り”を真面目に考える
どの金融業者を選択するかで変わってくるが、2-10%の間にほとんどのポートフォリオが収まるだろう。
考えるようになったきっかけ
弊社AMGはIFAとして、資産運用と軸とした資産プランニングを行っている。そして”資産運用”という一点だけでみると弊社の資産運用はプライベート・バンクが提供している資産運用とほとんど変わらない。私たちもプライベート・バンクも、株式を買いファンドを買い債券を買う。なので様々な国のプライベート・バンクから弊社へのお引越し(=資産移転)も存在する。
お引越しは、 単純に提供サービス比較の上来られる方も多い。しかし以下のようなこういったケースも存在する。たとえば…
シンガポールから
シンガポールのビザを取得したものの、シンガポールで事業を興して人を雇ってシンガポール経済に貢献していない、という理由でビザの継続を認められなかった方。あるいはシンガポールで贈与/相続の非課税ルール5年をすぎるのをじっと待っていたが、それが10年に変わったので心折れてしまって日本に戻る方。
香港内から
香港に拠点があるヨーロッパ系のプライベート・バンクの最低預け入れ額が一気に10倍になったため追い出された方。投資銀行系のバンカーのヤンチャぶり(手数料稼ぎに熱心)に嫌気がさした方。
日本から
仕組債しか勧めてこない担当者に嫌気がさしたため。仕組債は期間と利回りが固定されているのはいいが、急な相場変動で何十年も無利息で資金がロックされてしまうような場合もある。
移転組は、まず最初にプライベートバンカーたる担当者がクライアントをカモだとしか思っていないことを嘆く。(誤解のないように言っておきますが、優秀なプライベートバンカーも数多くいらっしゃいますし、個人的にも尊敬できる方たちも多いです。しかしそういった担当者のクライアントはサービスに満足しているためお引越しする(=弊社AMGに資産移転)をする必要がありません。なので以上のようなケースは悪目立ちするプライベートバンカーです)。
一通り担当者の文句を言ったところで、次に聞かれる質問は
「他のプライベートバンクの利回りってどんな感じなんですか? 」と。すなわち自分がかつてサービスの提供をうけていたプライベートバンクが平均からどれくらい上振れ、下振れしているのかを知りたいという欲求だ。プライベートバンクを渡り歩いている方ならともかく、いくつも口座を持っている経験のある人は少ない。担当者からカモにされれば、隣の芝生が青く見えるのは当然だ。
今まではこの質問に対しては
「プライベートバンクごとに運用ポリシーは違うし、さらにそのRM(Relationship Manager, すなわちプライベートバンカーのこと)によっても相場観は異なってくる(すなわち選択する金融商品も異なる)ので一概には言えませんねぇ。それって「海外旅行ってどこがいいですか?」くらい漠然とした質問だと思いますよ。バカンスに行きたいのか、冒険したいのか、はたまたカップルなのか家族なのかで全然違いますからね」
と分かったような分からないようなことを言ってお茶を濁していた。
とはいえ私はIFAとして色んなプライベートバンクのポートフォリオを見てきた。なので他のプライベート・バンクからので今回はこの質問「プライベートバンクの利回りはどれくらい?」について正面から考えていきたい。
プライベートバンク、プライベートバンキング、ウェルス・マネジメント
まず、始めにお断りしておく。ここでいう「プライベートバンク」は富裕層向けに何らかの金融サービスを提供する会社全般をいう。逆に言うと、会社の形態や金融ライセンスの種類は全く関係ない。
プライベートバンク vs プライベートバンキング
かつては伝統的に、株主が無限責任を負うスイスの銀行だけが「プライベートバンク」の称号を手にし、商業系銀行が提供する富裕層向け金融サービスは「プライベートバンキング」と呼ばれ「プライベートバンク」と区別されていた。それはスイスの老舗プライベートバンクが持つ伝統や顧客情報の秘匿性、極度に閉鎖的な体質への畏敬の念があったのだろうが、CRSなどの世界的な情報開示義務などで老舗プライベートバンクのもつ特殊性が失われ、また無限責任から有限責任に変化するとともにかつて尊敬の対象であったプライベートバンクもふつうの会社になってしまった。その結果「プライベートバンク」と「プライベートバンキング」をあえて区別するのは言葉遊びの域を出なくなった。
プライベートバンキング → ウェルス・マネジメント
そしてもう一つの流れとしては、伝統あるプライベートバンクが自らをそう呼ばず「ウェルス・マネジメント」と言い始めたことだ。この流れは10年くらい前から始まったように思うが、たとえばUBSやクレディ・スイスの本家ウェブサイトを見てもサービスメニューに「プライベートバンク」あるいは「プライベートバンキング」という言葉は出てこない。ウェルス・マネジメント、あるいはもう少し勿体をつけてプライベート・ウェルス・マネジメントという言い方である。
UBS – Your Bank – more than 150 Years | Switzerland
Banking and Financial Advice in Switzerland and Global – Credit Suisse
これは「プライベートバンク」が持つ負のイメージ – 顧客の税逃れの手助け、格差社会の助長 – を払拭しようとしていることも関係しているという。
IFAの台頭
そして富裕層をターゲットとするプライベートバンク業界にもう一つの新興勢力がいる。私どもがいるIFA業界だ。当初は単なる証券ブローカー、保険ブローカーが独立しカッコつけて自らを”IFA”と呼んだりしたものの、内実は単なる仲介に過ぎなかった。しかしIFA業界が成熟してくるにつれサービスが細分化されてくる。たとえば、とあるプライベートバンクに所属していたチームがごっそりチームごと抜けてIFAを設立、プライベートバンクにいた客をこれまたごっそり引き抜いてくるということが増えている。弊社の競合他社にはなるが、たとえばこんなIFA(Raffles Family Office)だ。
これらプライベートバンク、プライベートバンキング、ウェルス・マネジメント、IFAと呼び方は違えど富裕層に金融サービスを提供するという一点では同じである。しかし資産運用だけでは差別化は難しく、またクライアント側も資産運用だけで満足することはない。特に若いクライアントは自分の事業成長に熱心なので、事業についての相談や海外展開のアドバイスなどにも答えられる必要がある。
以上、前置きが長くなったものの様々な事業者が様々な業態で富裕層に向けて金融サービスを行っているが、これらの事業者をまとめて「プライベートバンク」と言うことにする。
プライベートバンク幻想
- プライベートバンクで運用すると、優秀なヘッジファンドに投資して年利15%得られる
- 精緻なスキームを駆使して資産隠しができる
- 担当者とは家族ぐるみで付き合える
これらは、半分本当で半分ウソである。年利15%は、結果的にそうなったのかもしれないがそれなりにリスクも取っているはずだ。そして世界で名の通ったヘッジファンドに投資をしようとすると100億円は用意する必要がある。そういった層はプライベートバンクを利用せず自ら資産管理会社(ファミリーオフィス)を立ち上げ、ファンドマネージャー、専属スタッフを自前で用意する。また、プライベートバンクにそのヘッジファンドが優秀かどうかを見抜く力はない。せいぜい系列のヘッジファンドを紹介するくらいだろう。
そして昨今では脱税幇助で何千億円という罰金がプライベートバンクに課されている以上、資産隠しどころか顧客の資産状況を喜んで当局に報告しているはずだ。
またプライベートバンクもビジネスである以上、あなたがとんでもない大金持ちでない限りは家族ぐるみで付き合おうとしないし、担当者の入れ替わりが激しいプライベートバンクならその担当者が来年もあなたの担当であるかどうかすら分からない。
このようにプライベートバンクを利用する層は別次元の金融サービスを受けているわけではなく、ごく一般的にある金融サービス + アルファくらいが標準だと思っておいたほうが良い。プライベートバンクにありもしない幻想を持つとがっかりするのがオチであるし、担当者の言うことを鵜呑みにしないためにも冷めた目は必要だ。
プライベートバンクの利回りは
さて、ここからが本題である。様々な事業者を十把一絡げに「プライベートバンク」と言ってきた。ただし事業者によって資産運用に対する姿勢が全然異なってくる。各金融機関の標準ポートフォリオの利回りとともに、最低預かり額とそれぞれの特徴を紹介しよう。もちろん、市況によっては利回りはプラス20%になったりマイナス20%になったりするのであくまで数字はポートフォリオ作成時の「期待リターン」的な意味合いだ。
商業銀行系 3-8%
たとえばHSBCやUBS、クレディ・スイスなどグローバルにリテール、法人どちらもやっているような金融機関だ。最低預かり額は比較的低い。USD2m程度。奇をてらわない、ETFやファンドを組み合わせるオーガニックな資産運用。ポートフォリオを外注しているところも多い。レバレッジを効かせてリターンを高めることもある。
投資銀行・証券系 5-10%
たとえば野村證券やゴールドマン・サックスなどIPOの主幹事やM&Aなど証券業務を生業とする金融機関。最低預かり額は商業銀行系よりもやや高い。ゴールドマン・サックスではUSD30m。運用は株式中心。リスクテイクをいとわない。
老舗系 2-5%
ロンバー・オディエやピクテなど、今は有限会社化してしまったがかつては老舗系と呼ばれた金融機関。最低預かり額はかなり大きくバラツキがあるものの、ロンバーオディエだとUSD1m。ピクテだとUSD5m。運用は保守的で、リスクは取らない傾向。
IFA系 3-8%
そもそもそのIFAが富裕層に向けにサービスをしているかどうかにもよるが、プライベートバンク的なサービスを提供しているなら最低預かり額はUSD1-3m程度だろう。ちなみに弊社はUSD1m。運用スタイルはオーガニックなもので商業銀行系に近い。ファンドを内製しているIFAもある。
リスクとリターン
リターンは高ければ高いほど良いというものではない。リターンが高ければそれなりのリスクを伴うことになるからだ。自分の感覚だが、運用額USD1-5mくらいのクライアントは安定運用を好み、USD5-10mくらいのクライアントは積極運用を好み、それ以上になるとまた安定運用を好むようになるという特徴がある気がする。
プライベートバンク・サービスを提供している金融機関を単純に利回りで輪切りにするとこのようになる。ただしプライベートバンクを利回りで選ぶ方はいないだろう。なぜなら資産運用に付随して提供するサービスこそがプライベートバンクの本懐であり、それが目当てでクライアントはプライベートバンクと付き合うからだ。ある程度運用ボリュームがあれば資産運用はどこで行っても似たりよったりになる。あとはクライアントがどれくらいのリスクを取れるかの差に過ぎない。