プライベートバンクの手数料
プライベートバンクにおける手数料体系は、伝統的に資産残高基準が採用される。手数料にかぎらず、おカネの話はしっかりと事業者に聞くこと
他の金融サービスと違って下方圧力のかからないプライベートバンクの手数料
前回触れた、サービスについては以下を参照してもらいたい。一方、プライベートバンクの手数料については、そのサービスの全貌よりもはっきりしている。なぜなら各社の手数料体系はネットで拾えるからだ。そしてネットで拾える以上、比較対照ができる。
ただ、他の金融サービスと違ってクライアントはプライベートバンクの手数料にはそこまで敏感ではない。たとえばネット証券では手数料が0.1%違えば投資金全部ごっそり移動されるおそれがあるから、ネット証券業界には手数料には下方圧力がかかりやすい。もっとも手数料の下方圧力がかかっているのはネット証券だけでなく、投資信託ビジネスにおいても、この20年で運用手数料が半分になっているし、海外送金や決済でも手数料がどんどん下がっている。
それと比較するとプライベートバンクの手数料に下方圧力がかかっている様子はない。むしろ手数料を引き下げない代わりにサービスレベルを高めるか、複数の手数料体系を組み合わせより柔軟に運用することで収益を確保している。
また、担当者と懇意になってしまえばクライアントはなかなか他のサービスに乗り換えるインセンティブは働きにくい。一人の人間を信用し、自分の事業のことや家族のことを話した上おカネのことを任せるのはそうたやすいことではないからだ。そういったプライベートバンク独特の粘着性もあって他の金融サービスのような価格破壊が起きづらいようだ。
Discretionary / Non-discretionary
手数料の前に、プライベートバンクのポートフォリオ運営としてポートフォリオ運営を事業者に一任する一任勘定(Discretionary、ディスクレショナリー)と、すべて自分で管理する(Non-discretionary、ノン・ディスクレショナリー)がある。プライベートバンクなのに自分で売買の判断をする人なんているの? と思われるかもしれないが、私どものクライアントにも10人に1人くらいの割合でいらっしゃる。趣味で投資の勉強をされていたり、興味のある特定の業界の株式や債券ばかりを運用対象とするような方だ。
とはいえ10人に9人は一任勘定となる。一任勘定のほうが当然手数料が高い傾向にあり、クライアントの自己判断の場合は手数料が低くなる傾向にある。一任勘定かそうでないかの軸がまずあり、その上で手数料が決定される。
一任勘定とするか、そうでないかはご自身のライフスタイルにもよる。仕事が忙しくてポートフォリオなんて見てられない、という方は一任勘定となるだろう。
手数料の種類
手数料の支払い方法には大きくわけて4つの種類がある。これは1つの事業者に複数の手数料オプションが用意されているという意味ではない。1つの事業者にはたいてい1つしか手数料体系は用意されておらず、そのプライベートバンクと付き合うならそのプライベートバンクが用意している手数料体系を採用するということになる。
タイプ1 – 資産基準手数料
ほとんどのプライベートバンクはこの手数料方式を採用している。すなわち口座残高に応じて年間x%が手数料として引かれる。すなわち3億円の預かりで1%の手数料なら300万円という具合だ。この手数料の中に、カストディ費用や売買手数料、アドバイス料などが全部含まれる、包括的な手数料となる。たとえばスイスのUBSプライベートバンクでは、最大2.5%の手数料がかかる。
手数料の中には、販売手数料やカストディ手数料が含まれるので、口座の中でいくら売買してもかかる手数料はほとんど変わらない。
また、ポートフォリオの種類によっても手数料を変えているところは多い。たとえば現物債券100%のポートフォリオよりは株式が含まれているポートフォリオのほうが手数料が0.2%高い、など。
また、このタイプの手数料体系には一律x%というタイプと残高に応じて手数料が漸減していくタイプがある。前述のUBSは資産ボリュームに応じて手数料が漸減していくタイプだ。
この手数料のことを、アドバイザリーフィー(Advisory Fee)と呼んだりする。
ちなみに弊社AMGはこの資産基準の手数料を採用し一律1.0%としている。ただし、債券のみのポートフォリオであればクライアントと個別に相談している。AMGではどのようなポートフォリオでも、手数料が1%を超えることはない。
- 資産基準手数料の良い点
この「残高基準」手数料の良い点は、いくら売買を重ねても手数料が過大にならない点だ。また、事業者とクライアントと落ち着いた関係が築けるのもこの残高基準のメリットだ。事業者は金融商品を無理して売らなくても、クライアントのニーズに沿ったポートフォリオをゆったりマネジメントできる。それに、クライアントの資産が増えれば事業者の手取りも同じく増えていくのでクライアントと事業者のインセンティブが一致しやすい。 - 資産基準手数料の悪い点
たとえばUSD3mを預けるクライアントAがいるとする(mは1,000,000、すなわち3mとは3,000,000)。1%の手数料を支払うとすると、年間USD30,000がAが事業者に支払う手数料となる。一方、USD1mのクライアントBがいて、事業者は当然USD10,000しか手数料とならない。AがBより3倍の手数料を支払わなければいけない合理性はない。事業者はBよりAを必ず3倍サービスするわけではないからだ。
タイプ2 – 固定報酬
プライベートバンク・サービスを提供するIFA系の事業者で多いのがこの「固定報酬」である。固定報酬はその名のとおり、資金ボリュームの多い少ないに関わらず定額でクライアントに請求する。たとえば一律で年間USD20,000などだ。弁護士の顧問契約みたいなもので、何かあればそのフィーの中で解決してもらう… というやり方だ。
- 固定報酬の良い点
残高基準手数料の悪い点の裏返しだが、この手数料方式だとクライアントが受けるサービスに対して支払う報酬として妥当かどうかが判断しやすい。 - 固定報酬の悪い点
事業者からみるとポートフォリオの運営成果がどうであっても一律で報酬を受け取れるわけだから、専門のチームを置いてポートフォリオの利回りを向上させるインセンティブに欠ける。
タイプ3 – 売買手数料
金融商品を販売するごとに手数料がかかる。意外なことに、これを支持する日本のクライアントは多い。おそらく、情報やアドバイスといったあやふやなものに手数料を支払うより金融商品を販売した際にかかった営業コスト、たとえば人件費だとかに支払うほうが腹落ち感があるとうことなのだろう。またクライアントに金融商品決定のイニシアチブが残るのもクライアントから支持されるポイントだろう。
しかし金融大国アメリカでは1990年代から販売手数料の弊害が注目され、今ではすっかり下火となってしまっている。その弊害とは、すなわち販売事業者があまりにも商品販売に強いインセンティブがありすぎて、適合性の原則を無視して販売することだ。対抗策としては、一体その金融商品を販売すれば事業者にどれくらいの手数料が落ちるかを知ることだ。販売手数料が3%を超えるようなら警戒水域だろう。オーストラリアやイギリスでも売買手数料の開示が義務となった。
日系のプライベートバンクではいまだこの売買手数料が収益の柱である、というところもクライアントの資産を食い潰す要因となっている。特にリーマンショック以降問題となった仕組債+分厚い販売手数料の組み合わせをいまだ主力商品としているところもある。特に一任勘定と販売手数料の組み合わせは金融機関にとっては最高であり(クライアントに黙って回転売買して販売手数料を稼げる)、クライアントにとっては最悪なものになる。
- 売買手数料の良い点
クライアントからみて腹落ち感がある。またクライアントに、その金融商品を買うか買わないかの選択権が残る。 - 売買手数料の悪い点
資産を増やすインセンティブがクライアントと相反しやすい
タイプ4 – 成功報酬
購入した金融資産が値上がりした場合に、その値上がり益のx%を手数料とする。たとえば100万円で購入したファンドが150万円になった場合、10%の成功報酬だと値上がりした分50万円の10%である5万円を手数料とする。この手数料単独で存在することはなく、その他の手数料体系たとえば資産基準や固定報酬と組み合わされる。クライアントからみると「儲かった分は山分け」という素朴な感情に沿いやすい一面、成功報酬の裏返しである失敗損失はないわけだから事業者としてはとにかくリスキーなもの、当落の激しいものを選択する傾向がある。
成功報酬のことをハイ・ウォーターマーク(High-water Mark)とも言う。
- 成功報酬の良い点
クライアントからみて腹落ち感がある。 - 成功報酬の悪い点
成功報酬単独ではなく他の手数料体系と組み合わせて利用されるため複雑になりがち。また、事業者からするとリスクの高いものを勧めるインセンティブが働く。
事業者ごとの手数料の傾向
まとめると、商業銀行系や老舗系プライベートバンクはほぼ資産残高手数料(0.5% – 2.5%。ポートフォリオや一任勘定か否かで大きく違う)を採用している。ただその中でも日系のプライベートバンクはまだまだ販売手数料を軸としているところも多いので注意が必要だ。IFA系は資産残高と固定報酬に分かれる。
おカネにまつわる話はしっかり聞くこと
日本人の美徳として、手数料にまつわることを聞くのは失礼だと考える傾向があるようだ。特にプライベートバンクのような特殊な金融サービスではサービス利用者のほうが萎縮してしまうという変な倒錯がみられる。資産運用において何よりも大事なのは骨太な運用計画を立て着実に実行していくことなので、手数料の話はしっかりと納得いくまで聞くべきだ。