プライベートバンク口座開設までのチェックリスト
プライベートバンカーと出会う方法は様々だが、クライアントがチェックするべきことは変わらない。口座開設までにどれだけ密なコミュニケーションが取れるか。
とある事例
初夏、京都のとある湖畔、静かなレストランのテラス。初めて会う大人たち6人が東京から呼ばれた3人の寿司職人がせわしなく握る寿司に舌鼓をうちながら自身のビジネスのことや家族のことを談笑する…
弊社のお客様が経験した「ある男性」が主催したその会では、食事代はもちろん家のお迎えからその湖畔までをリムジンで無料で送り迎えした。その男性が紹介するプライベートバンクがいかに素晴らしいかというプレゼンテーション付きであった。同席した他の方々もお客様と同じく知人の紹介で「資産10億円以上」というしきい値をクリアしているという。お話がはずんだのも、自分がふだんうっすら感じている「お金持ちであることの罪悪感」を感じずに済んだからだろう。
美味しい食事、落ち着いた景色、そしてその主催者の男性があまりに自信に満ちた態度。ふだんお客様はすっかり舞い上がってしまって「自分もついにそのクラスにきたか」と喜んでスイス行きの飛行機を予約し口座開設の仮書類にサインをした。
いよいよ入金、という段取りになってそのお客様は主催者の男性に一つ聞いてみた。「ちょっと世界経済の雲行きが怪しくなってきましたね。入金は少し後でもいいかなと思っておりますがどう思われますか?」
男性は「現地のプライベートバンカーが万事よろしくやってくれますから大丈夫ですよ」と答えた。その言葉に違和感を覚え、お客様の危機センサーが働いた。
(私がおカネを預けるのはこの男ではない。銀行のことは信用できるが、銀行の担当者が誰かも分からないのにおカネを入金するべきではないのではないか… )
お客様は結局、スイスまで飛びそのプライベートバンクに口座開設はしたものの資金を入金することはなかった。湖畔のレストランに同席した他のお客様から聞いた話では運用は上々の滑り出しでだったものの次第に主催者男性との連絡が途絶え、慣れない英語でプライベートバンカーとのやり取りをしているという。
口座開設までに勝負の半分は決まる
IPOやM&Aで多額の資産転がり込んだりニュースで有名になったりするとどこからかプライベートバンカーが現れる。「家を建てる」と自分から主体的に動くのと違って、プライベートバンクに口座開設を開くという行為はどちらかというと受動的となる。すなわちプライベートバンカーの営業行為によって「その気になる」というプロセスが含まれる。
しかし中には口座を開くことだけが目的となってしまい、その後の資産運用がそっちのけになり結果として期待したほどの効果を得られていない場合も多い。冒頭のお客様もそうだが、ビジネスで成功されていても美味しい食事と楽しい会話だけで心は大きく揺れるものだ。
そこで、口座開設にあたって最低限確認するべきことをまとめておきたい。資産運用は長丁場ではあるが、途中の市場の荒波に飲まれないようにするためには口座開設前にしっかりと確認するべきことがある。逆に、それさえ確認すれば後の運用は些末な問題に過ぎない。口座開設までにその資産運用がうまくいくかどうかの半分が決まると言っても良い。
1. ライセンス確認
日本国内の場合でも日本国外の場合でも、どのような金融ライセンス下で活動しているのかを知ることは重要だ。たとえば香港では日本の金融庁にあたるSFC(Securities & Futures Commission)が定める資格を保有していないと有価証券の売買が認められない。またライセンスを確認することで自分が話している人間が単なる仲介なのか、それとも責任ある金融事業者なのかを峻別することができる。
プライベートバンクのためのブローカーという職業も存在し、プライベートバンクの口座を開くまでのお手伝いをし口座開設以降はプライベートバンカーに丸投げする。このブローカータイプはほとんどの場合金融ライセンスを保有していないため本来なら金融商品の紹介は認められない。それ自体が違法になることもありトラブルに巻き込まれないようにするためにもまずはライセンスを確認するべきだろう。
2. 話す
金融機関やアドバイザーのこと
クライアントは通常、億単位の資金を預けることになるわけだからその金融機関が信頼にたるものであるかを確認する必要がある。また、アドバイザーとは短くても1年長ければ数十年の付き合いとなるわけだからその人物の人となりだけでなくキャリアや金融経済に対する造詣をチェックするべきだろう。具体的には
- アドバイザーのこれまでの経歴
- 経済に関する所見。たとえば円ドルの行方など
を聞くとよい。円ドルの行方や来週株式市場がどうなるかなんて誰にも分からないしかりに当たったとしても偶然であることのほうが多い。しかし経済について所見を全く持たないということは資産運用という長い航海に出るのに「海図の味方がわかりません」と言っているに等しい。
そしてクライアント本人のこと
プライベートバンクは通常の金融機関と違って棚から商品パンフレットをとってくるような売り方はしない。プライベートバンカーはクライアントから様々な話を聞き出し、クライアントのライフプランや理念にあった資産運用を策定する。具体的には
- 家族、お子様の将来
- ビジネスの今後の計画
- 退職後の計画
不思議なもので、クライアントからこれらの話を聞くとクライアントが許容できるリスクレベルが大体分かってくる。子供を私立でもいいから医歯薬系に進学させたいと思っているクライアントよりは、子供を大学まで国公立一本で考えているクライアントのほうが、教育可処分資産が大いにもかかわらず資産運用については保守的であったりする。また今後2-3年の事業計画が辛めに作成されているクライアントのほうが、甘めあるいは全く作成していないクライアントより資産運用については保守的だ。
これら全てプライバシーに関わることなので「NDA(秘密保持契約)にでもサインしてもらわないとうかつに話せない」と思われるかもしれない。しかしNDAにサインをしたところで望むような法的拘束力は得られないこともあるので、話す相手たるプライベートバンカーが「信用できなさそうだ」と思ったらとっとと去ればよい。
3. 提案書をチェックする
口座開設の前に、通常ポートフォリオの提案書が出てくる。
「自分は金融経済のことは何も分からないから、おまかせします」という態度は半分合っていて半分間違っている。合っている部分は、
- プライベートバンカーに幅広い裁量が与えられるため、クライアントのために頑張ろうという意欲がわく
- クライアント自身も資産運用に時間を割かれることがなく本業に集中できる
しかし逆の側面もある
- プライベートバンカーにお手盛りの危険があり手数料の高い金融商品ばかり選択される
- クライアント自身がポートフォリオに関心を持てなくなり長期で資産形成する動機に欠ける
提案書を受け取ったら、信頼できる人と一緒に見るのがよいだろう。たとえば奥様や顧問税理士、弁護士などだ。口座開設から出口までぼんやりとでも想像できれば合格だろう。
4. 入金する前に質問がなくなるまで質問を続ける
通常、提案が一回でクライアントに受け入れられることはない。何度か微調整してようやくゴーサインが出ることになる。大旦那ぶって「良きに計らえ」というのではなく、気になるところは2. 話すところまで戻って納得いくポートフォリオで資産運用を始めるようにしたい。くれぐれも「美味しいレストラン」や「リムジン」なんかで釣られてなんとなく口座開設しないように気をつけていただきたい。