プライベートバンカーが転職するとき – クライアント側も同じく抱えるトラブル3つ

プライベートバンカーも転職する。プライベートバンクの業界慣行を知っておくと、事前にトラブルを避けることができるかも。信頼できると思っていた担当者がいなくなってしまったら

プライベートバンカーも転職する。

その転職先がプライベートバンクではなく全く違う業界であれば、プライベートバンカーにひもづいていたクライアントはそのプライベートバンクにとどまることになる。クライアントは「新しい担当者はXXになりました」というレターを受け取り、以降はその担当者に連絡することになる。

しかし転職先が違うプライベートバンクである場合、当然そのバンカーは自分に紐付いていたクライアントを新しいプライベートバンクに連れて行く。一人の熟練プライベートバンカーはたいてい30-100クライアント(ファミリー)くらい、預かり資産額にして100-1,000億円くらいをマネジメントしている。預かり資産額の多いプライベートバンカーを雇えば単純に収入が増えるので、どこのプライベートバンクもスター級バンカーを雇おうと必死である。しかし預かり資産額が多くなると今働いているプライベートバンクでもそれなりの待遇をするので、スター級のバンカーにはそもそも転職する動機がない。

閾値を超えるまでがキャリアのつらいところ

したがって転職するプライベートバンカーは営業のプレッシャーに耐えられない新人から、いまひとつ伸び悩む中堅レベルが多い。新人プライベートバンカーはだとたとえば「1年で20億円の預かりを集めてこい」と言われる。外資系プライベートバンクにはそうやってガツガツと営業をさせ、達成できなければクビというドライなところが多い。中堅バンカーにも事情は同じだ。1月1日から12月31日まで、毎年預かり資産をどれくらい増やしたか、毎年勝負となる。

しかしある程度の集客が完了し、クライアントベースが出来てくるとその中から紹介が発生する。「あのプライベートバンカーに相談してみなよ」と顧客が言ってくれるのだ。そうなると自然と顧客や預かり資産額が増えていく、その閾値に達するまでがプライベートバンカーとしてのキャリアの大変なところだ。一度その閾値を越えてしまえば、会社からのプレッシャーからも開放される。このレベルになるとほとんど出社をしないプライベートバンカーも出てくる。

他のプライベートバンクへ転職(引っ越し)!

そもそもプライベートバンカーは、どんな理由で辞めてしまうのだろうか。今まで見聞きしたケースでは、以下の3つのケースが代表的なものだろう。

  1. 営業プレッシャーが強すぎる
  2. 先輩バンカーに客を横取りされる
  3. 部門ごとなくなる、撤退する

1.の営業プレッシャーだが、たとえば「半年以内に20億円の預かりを増やせ」というような命令が上司から飛んでくるわけだ。こういった年間のコミットメントは面接時にすでに聞いているので、バンカーはツテを頼ってそのコミットメントを達成しなければならない。すなわちバンカーの最初のキャリアは営業マンそのもので、しかも短期で結果を残さなければ職場がなくなるという過酷なものとなる。

逆に、こういった働き方に慣れている・あるいはそれまで弁護士や会計士としてすでにファミリーオフィス的なことをやってきた延長なのですぐにコミットメントを達成できるという場合もある(実際、欧米のプライベートバンカーは士業出身者が少なくない)。

また手数料稼ぎのために不本意なポートフォリオ運営を強いられるケースもある。よく中身の分からないヘッジファンドに投資を上司から強要される、などだ。プライベートバンクとしてはヘッジファンドから販売手数料を受け取ることができる。クライアントの資産をどう取り込むか、取り込んだ上どうコミッションにするかで営業成績(=プライベートバンク部門の成績)が決まる。このプレッシャーに耐えてコミットメントを達成できなければ上司から肩たたき… となる。

2.の先輩バンカーに客を横取りされるという点。文字通り、自分が苦労して営業してとってきたお客様がいつのまにか上司、先輩バンカーに横取りされているのだ。クライアントの情報は上司である先輩バンカーも同じく情報を閲覧できるわけで、「新人の○○がお世話になっております」とクライアントにメールしたところでクライアントからすると違和感がない。新人バンカーであれば業界慣行に疎いため「そんなもんか」と受け入れてしまう。いつのまにか、先輩バンカーはクライアントと仲良くなり自分に紐付いていたそのクライアントからの連絡が途絶え、そこで初めて先輩バンカーに横取りされたことに気付く。しかし先輩バンカーのクライアント情報を後輩バンカーが覗き見ることはできないため、先輩バンカーがクライアントを横取りしたのか、それともクライアントは口座を閉じたのかは分からない。

香港では実際にこういうケースは少なくなく、先輩バンカーが横取りすることを最初から見越して若手バンカーを採用しているところもある。部門ごとのバジェットがあるので、若手バンカーを安い給料で営業のコマとして使い、集客力に限界がくればポイするのだ。

3.部門ごとなくなることはよくある。金融機関に限ったことではないけれど、儲からない部署は閉じて儲ることを始める。それは企業として経済合理性を追求することの結果だ。プライベートバンク部門ももちろんその対象なので、デスクごと閉じられることもある。バンカーは転職を余儀なくされ、クライアントは口座を閉じることを余儀なくされる。HSBCプライベートバンクでは2015年にインドデスクを閉じている。また、老舗プライベートバンクのエドモン・ド・ロスチャイルドも香港デスクを2018年に閉じている。事業再編に伴ってプライベートバンク部門が犠牲になることはよくあり、「三世代にわたるお付き合いを」と銘打っているにも関わらず一世代どころか10年も経たずにプライベートバンク部門ごと閉鎖されることもある。

プライベートバンカーが転職するとき、クライアントもまた同じ問題に直面する

プライベートバンカーは、他のプライベートバンクに転職するときにクライアントを引き連れていく。新しいプライベートバンクに口座を開かせ、かつて在籍していたプライベートバンクから資金を移動させる。もちろん主導権はクライアントにあるので必ずそのプライベートバンカーについていかなければならないわけではないが。

しかし転職先のプライベートバンクが転職前のプライベートバンクと同じ環境であるとは限らない。そしてクライアントが直面する可能性のある問題は、先程あげたプライベートバンカーが転職する理由と全く同じとなる。

すなわち、

  1. 中身の分からないポートフォリオを勧められる
    以前いたプライベートバンクで運用していたポートフォリオと全然違うなぁ… と感じたら、そのポートフォリオの内容は仔細にチェックするべきだろう。投資対象ごとにどれくらいの手数料が発生しているのかをプライベートバンカーに聞くことは全く問題ない。これは新しいプライベートバンクでのコミッションへのプレッシャーが強いことが原因かもしれない。
  2. いつのまにか担当が代わっている
    「先輩バンカーに横取りされる」というのはクライアントからすると担当者がいつの間にか代わっているということになる。プライベートバンクが勝手に担当者を変更することはありえず、クライアントが気付かないままに担当者変更の書類にサインをしている可能性が高い。
  3. 部門ごとなくなり、口座を閉じるハメに
    香港ローカルの銀行のプライベートバンク部門で日本デスクが開設され、日本人のプライベートバンカーが1人採用されたが3年も経過しないうちに日本デスクごと消え去ってしまった。クライアントの数はそこそこ順調に推移したという話だが、どういったわけか閉じられてしまったようだ。クライアントはもちろん、バンカーにも撤退の理由は聞かされず結局「3ヶ月以内に口座を閉じて下さい」という通知に従うほかなかったそうだ。

結局、こういったプライベートバンク特有の問題に疲れてしまって弊社AMGのようなIFAを利用されるクライアントは少なくない。

余談 – プライベートバンカーが他業種に転職を決めるとき

プライベートバンカーはツブシが効く仕事である。中核業務であるポートフォリオ運用はもちろん、相続・信託業務や投融資ファイナンスなどをまんべんなく知っている究極のジェネラリストだからだ。プライベートバンカーをやめて独立して資産コンサルタントとして生計を立ててらっしゃる方が多いのも、尖った業務のスペシャリスト(ゆえにツブシが効かない)であることが多い金融業界においては独特の存在感を示しているからだろう。また、クライアントの懐にすでに入っているのでクライアントから請われて事業会社の右腕的存在になったりするパターンもある。

物腰柔らかな40歳手前の香港人プライベートバンカーがクライアントの事業会社の新規事業立ち上げの責任者となった。その新規事業はフィットネスクラブで、金融とはなんの関係もない。プライベートバンカー時代、彼は営業的にも優秀で、いつ会ってもピシッとしたスーツに身を包んでカッコいい。そんな彼に「プライベートバンカーとしての安定したキャリアを捨てたのはなぜ?」と聞いたことがある。彼の答えは

「プライベートバンクで働くのはエキサイティングではない。まだ頭と体が柔軟なうちにまったく違うことにチャレンジしたかった」と。

彼の場合、クライアントは後輩バンカーに引き継いだのでトラブルはほとんどなかったということだがクライアントは彼の引退をたいそう残念がったそうである。プライベートバンカーとしての絶頂を一度経験すると、そこからはつまらないキャリアが続くと感じるのか、彼のように事業会社に転職するタイプは多いようである。

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