香港資産運用の4つの入り口
本稿では新しく香港で資産運用を始める日本人向けに、香港での資産運用の4つの入り口(銀行、プライベートバンク、証券会社、IFA)と、とりわけ弊社の属するファイナンシャル・アドバイザー(IFA, Independet Financial Advisor)業界について紹介する。
香港で資産運用を始める方が増えつつある昨今。「私も」と思っていろいろ調べてはみるけれど、どうもよく分からない、情報は散漫にネットに落ちているだけでつかみどころがないと感じる方が多いのではないだろうか。
そこで本稿では新しく香港で資産運用を始める日本人向けに、香港での資産運用の概観とファイナンシャル・アドバイザー(IFA, Independent Financial Advisor)業界について理解を深めていただくことにしたい。なお、本稿では新しく香港で資産運用を始める方を対象としている。既に香港で何らかの資産運用を開始している、また他の可能性についても知っておきたいという方は以下の記事も是非読んでみてもらいたい。
香港での資産運用を始めるなら
香港での資産運用の入り口は大きく分けて4つある。
- 銀行
- プライベートバンク
- 証券会社
- IFA
I. 銀行
最低運用額 | USD1,300 |
投資対象 | 定期預金、外貨預金、現物株式、現物債券、ファンド、デュアルカレンシー債 |
メリット | 初期投資額が低い 投資対象が比較的多い 銀行口座と証券口座とが一緒になっているため管理しやすい |
デメリット | トラブルは自分で解決することが必要なため、英語か中国語が必須 運用対象は自分で決める必要がある 頻繁にルールが変更されるため、口座開設後も安心できない |
銀行は香港の資産運用の最もポピュラーなものである。
ネット探せば銀行口座開設ツアーなど、口座開設とパッケージになったツアーがあることもあり、運用者はただオカネを払いさえすれば口座開設ができるという手軽さもあって香港 × 資産運用といえばまずこの選択肢となる。
また口座維持に必要な金額も比較的少なくて済むため(HKD10,000 = JPY145,000、執筆時)、旅行がてらお試し感覚で口座開設を考える投資家は非常に多い。数年前の話だが、HSBC銀行のある支店では、1日中日本人がひっきりなしに口座開設をするため一般利用客が利用しづらい事態となったことまである。それくらい香港での銀行口座開設はポピュラーなのだ。
ただしそういったツアーがお付き合いしてくれるのは口座開設までで、その後の口座に関する手続きはすべて自分で行う必要がある。香港の銀行の標準言語には日本語はなく(当然だ)、手続きは英語、普通語、広東語のどれか必要だ。
多くの日本人は英語を使うが、独特の銀行用語のため行員とのコミュニケーションが苦痛となって口座を閉じてしまう例も多い。また英語でのコミュニケーションに問題がない場合でも、遠隔で解決できないトラブル(たとえば口座の凍結解除など)があれば香港に来る必要がある場合もある。
当然だが、香港の銀行サービスは現地香港人を対象に設計されている。現地の香港人は広東語や英語を解し、投資自体が身近な環境で育っている。なので、香港の銀行を資産運用ツールとしてつかいこなすためには少なくともトラブルを解決できるくらいの英語力と自分でどのようなリスクがあるのかを見分けられる運用力が必要となる。
さらに昨今では銀行によっては口座開設の条件が厳しくなっており、たとえばStandard Chartered銀行などでは香港非居住者はほぼ口座開設が出来なくなるなど移ろいが激しい。
香港の資産運用と銀行口座開設とはなぜか一緒くたに語られているが、香港での資産運用に香港の銀行の銀行口座が必ずしも必要ではない。また、昨今ではOECDのCRS(共通報告基準)に準拠する必要があるため香港の各銀行は口座開設の条件を厳しく制限し、口座開設した後も口座の状況によって強制的に口座が閉じられる例も発生している。
II. プライベートバンク
最低運用額 | USD1,000,000 |
投資対象 | 現物株式、現物債券、ファンド、レバレッジ |
メリット | 私募債や変わったヘッジファンドなど、プライベートバンクでしか購入できない金融商品にアクセス可能 日本人か日本語を理解する専任の担当者(プライベートバンカー)がつく 丁寧なウェルス・プランニング レバレッジの活用 |
デメリット | 口座情報開示(CRS)の最有力ターゲット |
香港では、資産額USD1,000,000以上を運用する投資家は機関投資家と同じように見なされる。すなわち、プライベートバンクに口座を開けUSD1,000,000を放り込めば、何十億ときには何十兆と運用する年金基金など機関投資家と同じく世界のあらゆる投資対象にも扉が開かれることになる。
十分な資金ボリュームさえあれば、文字通り世界中のあらゆる投資対象にアクセルが可能となる。これがプライベートバンクの最大の利点と言えよう。
さらに、プライベートバンクを利用する個人は富裕ではあるものの機関投資家並みの投資経験・知識を持ち合わせていないため、クライアントたる投資家につく専任のプライベートバンカーがその橋渡しをすることになる。
またプライベートバンクを利用するような投資家はオカネにまつわる悩み事が多い。事業承継や相続など多岐にわたる。プライベートバンカーはこれらの悩みの相談に乗りながら、運用プランを立てる。プライベートバンカーが同時にファイナンシャル・プランナーともなるため、プライベートバンカーには広範な金融知識と経験が求められる。また、プライベートバンクは銀行でもあるので担保に応じて融資が受けられる(レバレッジ)。このレバレッジを活かしてさらなる高いリターンを求めることも可能だ。
オカネがあれば、より良いサービスが受けられるという残酷なくらいシンプルな一面が、まさにプライベートバンクサービスだ。
ただ昨今の巨額脱税事件によってプライベートバンカーの肩身は狭い。2008年のUBSの脱税幇助事件、2015年のHSBCプライベートバンク口座のリーク事件などによってプライベートバンク口座=脱税・犯罪とみなされ、各国の国税当局が注視する事態にもなっている。前述のOECDのCRSでも、プライベートバンク口座が狙い撃ちにされる。
このような銀行にとってのコンプライアンス・リスクもあり、プライベートバンクビジネスから撤退する銀行も増えてきた。
プライベートバンク専業でない商業銀行や投資銀行とも兼ねているグローバルバンクにおいてはプライベートバンク部門が占める収益の割合は大きくはなかった。収益が大きくないにもかかわらず、脱税幇助などで銀行全体のイメージが傷つくと同時に巨額の罰金を課せられることから、会社にとっては二重の痛手となる可能性があるためだ。
さらに日本人顧客の場合、積極的にトレードせず手数料収入が落ちない(=プライベートバンクが儲からない)ことから日本人向けデスクを閉じてしまうことがある。この場合、そこに口座を有していたクライアントは、口座を強制的に閉じられることになる。ウェブ上の情報だけでは当てにならないため、利用を検討されている方は、目的の銀行に日本デスクがあるか、確認が必要だ。また、口座開設にあたっては以下の記事も参考にしてもらいたい。
III. 証券会社
最低運用額 | USD100 |
投資対象 | 現物株式・IPO・ファンド |
メリット | オンラインでのトレーディングツールが充実しており、各種リサーチへのアクセスも豊富 |
デメリット | 銀行と同じく、語学力や目利きが必要ネット系証券会社でも、日本と比較して手数料が安いわけではない 税務申告の煩雑さ |
香港の証券会社は、銀行と併設されている銀行系証券会社と独立系証券会社がある。銀行系は取扱銘柄も少なく、手数料も割高で、独立系はその逆である。また独立系でもネット専業の会社もあるが、日本のそれと比して手数料が安いわけでもない。
ではなぜ、海を超えて香港の証券会社に口座を開くのか。私の推測ではあるが、インドネシア株やミャンマー株などの新興市場に先駆けて投資をしたい投資家のためだと思う。しかし、それも日本の証券会社が続々と参入しているので優位性は失われつつある。
また新規上場株(IPO銘柄)も2005年-2007年は街で個人投資家向けの上場目論見書をそこかしこで見たものだが、現在は香港の証券市場自体が低調なためかつてほどの熱気はない(ただし、新規上場自体は香港市場は2016年世界一である)。
独立系証券会社はウェブサイトの使い勝手が悪いところが多く、トラブルがあった場合に銀行と同様英語か中国語で解決する必要がある。
日本居住者であればもう一つ悩ましい点は税務申告だ。日本のような源泉徴収が香港には存在しないので例え香港で行なった投資でも日本でかかる税金は日本で申告する必要がある。
IV. IFA(ファイナンシャル・アドバイザー)
最低運用額 | USD30,000, USD300 / 月 |
投資対象 | ファンド、ETF、現物株式、現物債券、生命保険 |
メリット | 専任のアドバイザーがつく ウェルス・プランニングが受けられる 人事異動がない |
デメリット | 取扱商品が多岐にわたるため、IFAの得意分野が見えにくい |
2005年くらいまでは、IFAといえば生命保険や医療保険を売っている、いわゆる「保険屋さん」という分かりやすいイメージだったのがここ10年ちょっとで保険ではない、投資商品のラインナップも急激に増えてIFAのイメージは曖昧なものとなった。また取り扱いが増えた分、IFA個人レベルでアドバイス内容が細分化されている。
たとえば規模の大きなIFAファームに属していれば「生命保険専業アドバイザー」「投資専業アドバイザー」「団体医療・厚生年金専業アドバイザー」というふうに細分化されるようになった。各IFAにそういう肩書ついているわけではなく、また「IFA」と聞いて含意する内容も異なって来ていることから、クライアント側は「IFAを探しています」と言うだけでは足りなくなってしまい、アドバイザー側も強みが何であるのかをアピールしていかないと伝わらなくなっている。弊社AMGもまた常に同じ悩みを抱えている。
とはいえ、お気に入りのアドバイザーを見つけることが出来れば後の投資は楽ちんだ。銀行や証券会社で必要な、言葉の壁はない(日本語を解するアドバイザーはIFA業界には多い)。さらに、IFAには人事異動がない。IFA 個人はIFAファームを笠にした個人商店のようなものだからだ。もちろん投資家からはIFA変更の事由は残されているので、気に入らなければIFAを切り替えると良い。
選択肢が多すぎても選択はできない
選択肢が多い、ということは投資家にとって良いことのはずだが実際にはそうでない。選択肢が多すぎると、むしろ選択を放棄するという実験がある。興味のある方は以下のTEDチャンネル「シーナ・アイエンガー:選択術」を見てみると分かりやすい。香港では資産運用サービスの提供元の細分化が進んでいるため細部にとらわれがちだがこのざっくりした4つの区分が新しく香港で資産運用を始められる方の一助となれば幸いだ。