クラッシュはもう一度あるか – もしアメリカ不動産を買うなら
今現在、不動産マーケットが穏やかなのは政府の支援と住宅ローンの合法的滞納によるもの。
アメリカの不動産市況についてちょくちょく聞かれるので私の所見を書きたい。
サブプライム時は、不動産ローンを合成したものを返済確率の高いものから輪切りにして証券として流通させた。金融機関はこぞって利回りの高いサブプライム(返済確率が高い「プライム」より下のランク)として輪切りにされた証券を買いあさり、レバレッジをかけて運用をしていたものが吹っ飛んだ。それがリーマン・ショックといわれる金融危機につながったことは皆さんよく承知している。
リーマン・ショック時の市場のインパクト、精神的インパクトがあまりにも大きかったため、すわ不景気だとなると脊髄反射的に米国不動産の状況を見てしまうのは僕もお客様も一緒。僕個人は米国不動産は一つも所有していないが、節税対策やら投資用やらで米国不動産を所有しているお客様にとってはなおさらだろう(ちなみに節税対策としての外国不動産は2020年度税制改正で封じられた)。
↑アメリカの不動産価格の推移
今はリーマン・ショック時と比べて銀行の資本もかつてと比べるととんでもなく分厚く貸し倒れが増えたとしてもすぐには金融不安が訪れるというわけではなさそうだ。また適正価格がまるで分からないキメラのような金融商品が売れているという話も聞かない。リーマン・ショック時とでは分かりやすい類似はない。では米国不動産市場は安泰かというと3つの点でそうではないだろうということを述べたい。特に三点目については購入のタイミングをみる上でも重要になってくると思うので、参考にされたい。
ちなみにAMGでは現物での米国不動産の取り扱いはないし、今後も取り扱う予定はない(ETFなど金融商品という形ではもちろんある)。米国不動産が大切なクライアントの資産の一部であること、米国不動産市場はやはり米国経済ひいては世界経済にも密接に関連するので取り上げさせていただく。
1. 貯蓄率
米国不動産市場がバラ色でないと思う1つ目の理由が、不動産に関する負債だ。もともとアメリカ人は貯金ができない国民性がある。所得のうち何%を貯蓄にまわすか、という貯蓄率は10%を超えていたものが1980年以降一貫して下落し続け2005年には2%、リーマン・ショックを経て再び6-7%という水準に戻っている(ちなみに日本人の貯蓄率はこれより更に低い)。
貯蓄率が低いということは、ショックに対するバッファが少ないことを意味する。アメリカだけでなく、世界の国のどこでも景気の加熱と崩壊はだいたいこのパターンだ。景気が良くなると将来を楽観的に考えて貯蓄しなくなる上に負債が増えて、株やら不動産やらに投資をし、しかしその後の冬の時代を過ごせるだけの備蓄がない上借金だけが残ってますますひどい状況に陥る… という。
もちろん貯蓄率が単に低いということだけを取り上げて議論することは意味がない。北欧のように福祉が充実していれば仮に貯蓄率が低いとしても生活の質は景気に左右されることはないだろう。またインドネシアのように国全体が勃興する過程にあって多少のデコボコはありながら将来の見通しが明るいという期待がある国は貯蓄は相殺されるかもしれない。しかしアメリカは福祉の国でもないし国民全体が将来に対して明るい希望を持っているわけではない。
ちなみに、アメリカの家計負債合計は初めて14兆ドルを超えた。
2. 収入
とはいえ、負債が増える割合で収入も増えていれば帳尻はあう。所得に対する負債の利払いの割合は2012年ごろから一貫して横ばいとなっており、アメリカ家計が全体的に破綻状態でないことは見てとれる。負債に対する収入の割合についてはリーマンショック後から改善はし続けてはいる。
↑アメリカの債務支払/収入の比率の推移
しかしこのデータにはコロナ失業前のもので、今後国全体で収入が減るなかで破産宣告でもしない限り負債もそれにあわせて帳消しになるわけではない。収入が減るなかで不動産を手放さねばならない人は今後激増するだろう。
3. 半年・一年のMortgage Forbearance
アメリカには不動産ローンの支払いを待ってもらえる条項を契約書に織り込む(Mortgage Forbearance Clause)ことが一般的だ。通常は半年、長くても一年の合法的滞納であり、その期間はローンの利払いの一部または全部を免除してもらえ、合法的滞納が認められるので不動産を差し押さえられることもなければ競売にかけられることもない。
このMortgage Forbearanceが全住宅ローンの8%に迫る勢い。すなわち住宅ローンを抱えている100人に8人がこの制度を利用し住宅ローン支払いを延滞していることになる。
Share of Mortgage Loans in Forbearance Increases to 7.91% | Mortgage Bankers Association
これから雇用情勢が劇的に上向きでもしない限り、あるいは米政府が徳政令でも出さない限り半年の延滞が一年を迎え、その後どうしても住宅ローンを払えなくなればその住宅は競売にかけられることになる。
現在、収入がなくなったとしても米政府からのとんでもない額の生活支援金で生計は成り立つ。そしてMortgage Forbearanceによって最大1年までの住宅ローンの猶予ができる。なので今すぐに住宅市場が大きく下落することはないと思われる。しかし、今回のような2兆ドルの支援を何度も何度もできるものではないだろう。
では米住宅市場がいつ落ち込むか、と聞かれたら政府の援助も切れ、Mortgage Forbearanceも利用できなくなる1年後以降ではないか。
番外 – 超高級市場は
ニューヨークの超高級コンドミニアム「One57」の最上階88階が購入価格USD48,000,000の4割引のUSD28,000,000で売却されたというニュースがあったが、ニューヨークやロサンゼルス、マイアミなどの高級コンドミニアム市場はコロナより前から下落傾向にあったので一般市場と同じく価格は全般的に下落するかもしれない。ただ、供給が少ないので下落率は一般市場ほどでないのかもしれない。