債券市場概観 – 2019年8月
先月の債券市場を振り返る。ジャクソンホール講演を消化し、いよいよ9月の主要3カ国の政策決定会合を待つ。金利が著しく落ちていくなかで、各国の金融政策を予想する。
アドバイザーの宮脇健です。今回は定例の債券市場概観をお届けします。
米国の経済成長は鈍化?! しかし景気後退の判断は難しい
ジャクソンホール講演で得られたこと
8月23日にはアメリカワイオミング州のジャクソンホールにて各国の中央銀行総裁が集まり、年次経済シンポジウムを開催しました。特にパウエルFRB議長の講演に注目が集まり、足元の米国景気認識として、
- 個人消費が全般的に良好である
- 雇用増加は強い状況だが、昨年よりは鈍化した
- インフレが2%に近づく動きにはなっている
ことなどが確認されました。一方で、世界経済の成長鈍化の指標が出ていることや、イギリス、香港、イタリアをはじめとした地政学リスクの影響を認識していることにも触れました。
講演の主旨をまとめると、「著しいリスク要因が複数同時に重なっているのが厄介ではあるが、米国そのものは決して悪くはない」といったトーンだったと言えるでしょうか。
また、足元は9月3日に発表されたISM製造業景況指数が49.1と発表され、50割れとなる(ロイター通信)など、やや弱い指標も出てはいますが、明確な景気後退のシグナルというにはまだ早そうです。
ジャクソンホールの追加ネタ…デジタル基軸通貨はアリか
少し話が逸れてしまいますが、ジャクソンホールの最中、イングランド銀行のカーニー総裁から、デジタル基軸通貨への提言があったのがなかなか印象に残りました。カーニー総裁はカナダ中銀、イングランド銀行を経て、今度はひょっとしたらECB総裁かとまで言われ、複数の中銀総裁を経験した、やや異色の人です。このタイミングで、かつジャクソンホールでポジティブなメッセージを残したのは個人的には面白いなぁと思いました。米ドル、中国人民元、他を始めとする通貨戦争の様相を呈し始めたことに中央銀行としての運営のやや難しさと苦悩があって、デジタル基軸通貨はその一つの光明という風にも受け取れるのかもしれません。これはフェイスブックが構想するリブラとはまた違うものであるとは想像できますが、リブラの提起そのものがこうした中銀総裁を巻き込んだ世界的な議論へと向かわせたことは間違いないでしょう。
デジタル基軸通貨=合成覇権通貨(Synthetic Hegemonic Currency, SHC)という言い方をしていますが、仮に導入することになっても、最終的には各国ベースでの意思決定が必要にはなってくるので、まだまだ遅々として進まなそうな議論ではあるのですが。興味がある人はブルームバーグ記事を見てみてください。
中央銀行の独立性を改めて問うべきか
さて、「利下げをしなさい」とFRBに対して圧力をかけるトランプ大統領をここ数ヶ月で何度か見ましたが、果たしてそれでいいのでしょうか。確かにトランプ大統領は様々なポジションの人物を入れ替えるなど、色んなところでその影響力を惜しみなく発揮してきました。ただ、従来から言われている話ではあるのですが、「中央銀行は政治的に利用されてはならない」という発想があります。これは日本にいる人からすると、少し理解しづらいんじゃないかなぁと個人的には思います。だって、「日銀の大規模緩和はアベノミクスそのものだった」わけですから。
度重なるトランプ大統領からの圧力に見かねた、前FRB議長ら4人(ボルカー、グリーンスパン、バーナンキ、イエレン)の連名でのコメントは非常に印象的でした。
これは、経済の守り人は長期的な視野に立てるよう、短期的な政治圧力に晒されてはならないと主張するものです。それ以外にも、ベースには、財政ファイナンス(中央銀行による国債の直接引き受け)が起こりやすくなること、また、金融政策のチャネルは金融機関なので、そこに対する「便宜」に繋がってもいけないことなどがあります。ただ、実態として、議長の任命は議会を通過するし、任命される人も、もともとは元米銀のトップかもしれないわけですから、際どいという話もあります。最近は、財政拡大理論(MMT)も登場してますます線引きが難しくなってきています。
一つにはアメリカとして一枚岩になることをトランプ大統領は意識しているのだと思いますが、本質的にはそうでないですし、この時代にしばしば言われるのは金融政策の限界であって、本来財政政策で果たすべきものもあるわけです。FRBに圧力なんかかけなくても、景気刺激はできる仕組みではありますから、しばらくはこのちょっとした対立構図は続きそうです。
先月の各国債券市場の振り返り
さて、本題に戻ります。8月中の米10年物国債利回りはじりじりと低下し、1.5%を割る水準まで来ました。
欧州の方はなかなか動きづらくなっています。ラガルドさんのECB総裁就任(11月)が間近です。マイナス金利もなんだかここまでくると、当たり前に感じてしまいそうです。
10年物日本国債利回りは、じりじりと低下し、日銀が定めるイールドカーブコントロールのレンジの下限を通り過ぎ、9月4日には一時マイナス0.295%まで到達しました。2016年7月につけた過去最低利回りである、マイナス0.3%に迫っています。日本国内の場合、金利水準だけで言えば預金金利の方が高いので、リスクオフ局面で国債が買われるというものでもありません。背景には、利下げの織り込みだけでなく、外国人による為替ヘッジ付きでの日本国債購入がこの動きを後押ししている面はあるかと思います。
次は主要中央銀行の政策決定を待つばかり
9月は欧州中央銀行(ECB)、米連邦準備銀行(FRB)、日本銀行(BOJ)がそれぞれの政策決定会合を控えていますから、それぞれどの程度市場の織り込みと違いが出てくるかがポイントになりそうです。もちろん国としては別々ですが、金融市場としては繋がっているので、お互いに影響を与え得ることには留意をしたいですね。
足元のヘッドラインなどを見る限り、緩和策の打ち出しの規模感としては、
12日 ECB > 18日 FRB > 19日 BOJ
と日付順になりそうです。
とりわけ、ECBに関しては、緩和策のパッケージが発表されるとの見方が有力です。各国の意見の取りまとめがドラギ総裁の最後の大仕事ですね。欧州の銀行セクターにとっては苦しい展開が続きそうです。
FRBに関しては、前回利下げを行なっていますから、今回の注目は「予防的な利下げ」に止めるかどうかでしょうか。足元の経済指標がそこまで悪いというわけではないので、ECBのように即座に極端な手を打つ可能性は高くないですが、発言のトーンに変化がないかが注目です。
BOJに関しては、もともと政策の手詰まり感が強いので、景気刺激に「緊急性」があると判断されるかどうかだと思います。基本的には現状維持、無風通過をイメージしています。ただ、FRBが「予防的な利下げ」を行なったので、BOJでも同様の「先制的な対応」を求める声が高まりそうです。消費税増税のタイミングですので、できればその影響を見定めてから、改めて実弾としては手を打った方が効果があるとは思います。
緩和競争レースの結果を来月は見られると期待して、今回はこの辺りで締めたいと思います。
関連ブログはこちら。