【2018年】キャップジェミニの富裕層レポートから透けて見えるもの – 2/2 – 日本の富裕層
キャップジェミニというフランスのコンサルティング会社が毎年発行している世界の富裕層についてのまとめからの抜粋。パート2。日本の富裕層の現金偏重と海外志向、運用手数料への不満。
HNWIs are defined as those having investable assets of US$1million or more, excluding primary residence, collectibles, consumables, and consumer durables.
(自宅や絵画などの所蔵品を除いてUSD1,000,000以上の投資可能な資産があること)
と定義される富裕層。前回のブログではキャップジェミニというフランスのコンサル会社がリサーチしたレポートを概観した。
それによると、世界の富裕層は7%のペースで増え続けている。今回は特に”日本の富裕層”にフォーカスしていきたい。日本には富裕層はどれくらい存在し、何に投資をし、日本以外にはどの国に資産を置き、ウェルス・マネジメントサービスにどういった不満を持っているのか。なお、キャップジェミニにレポートはサイトから無料でダウンロードできる。注釈に書いてある”WR”はワールドレポート、”AP”はアジア太平洋レポートからの引用だ。
40人に1人は富裕層
富裕層の定義でいうと、日本には289万人の富裕層が存在することとなる(WR p9 Figure 4)。すなわち日本では40人に1人が富裕層だ。ちなみにこの人口/富裕層比はアメリカでは70人に一人、ドイツは85人に一人、スイスは22人に一人、中国は1,200人に一人、香港で46人に一人の割合となっている。このように、人口比でいうと日本は突出して富裕層が多いことになる。感覚的にも、負債を控除した純資産で測るのではなく資産額だけでUSD1,000,000がある方はそこらじゅうにいる印象だ。たとえば1億円の物件を購入するのに頭金1,000万円出して残りは融資を受けるということになると純資産は1,000万円だが資産は1億円となる。これで定義上の富裕層に仲間入りすることとなる。
ただ、レポートには記載されていない日本の特徴としては保有資産額が他の国と異なっていることがある。富裕層を金額でさらに区分けし、
- USD30,000,000 – 超富裕層
- USD5,000,000 – USD30,000,000 – 中間富裕層
- USD1,000,000 – USD5,000,000 – プチ富裕層
とすると、日本にはプチ富裕層が多く超富裕層が少ない。すなわち小金持ちはそこらじゅうにいるが大金持ちにはなかなかお目にかかれない。これは、税すなわち社会の富の再分配の問題と密接に関連していると思われる。日本ではカネを稼いぐこと、使うこと、贈与すること、あらゆる場面に税金がかかる。税を取られる人にとってはたまったものではないが、社会全体としてみれば富の極端な偏在を防ぎ、社会を安定させるという効果がある。また社会が安定しているがゆえに多少のリスクをとることが許容され、プチ富裕層になるくらいのチャンスはどこにでも転がっている、という状態にすることができる。
日本でも格差問題が取り沙汰されるようになってきたが、その深刻度合いは世界的にみると極めて低い、というのが実情だ。
日本の富裕層は資産の4割を日本国外で運用する
日本の富裕層は日本国内のみで資産を運用しているわけではない。これだけ世界で資金の移動が活発になっている昨今、日本国内のマーケットだけでは満足できないことも多い。ただ、日本人富裕層だけでなく世界の富裕層も自国以外に資産を振り向けている。世界標準でいうと4割だ。日本人は英語が下手で海外資産運用には保守的、と思われがちだが実際のデータはそうではなく、世界平均を若干上回るくらいの数字となっている。
外国で資産を振り向ける理由としては、以下のような理由があがる(AP p23, Figure 16)。
- ポートフォリオの分散(26.8%)
- 特定の投資案件(19.8%)
- 自国での政情不安(17.1%)
- 自国での経済不安(15.3%)
- 税金の最適化(6.3%)
- 国外ビジネスに参加(4.6%)
- かつて住んでいた(3.4%)
国別でのデータではないため、アジア・太平洋全体の数字である。たとえば日本は”自国での政情不安”はあたらないがマレーシアではより該当するかもしれない。ただ一番大きいのは”ポートフォリオの分散”ということで、これは各国共通するだろう。日本にいれば日本株や日本の会社の社債に偏るだろうが、そういった偏りをなくすために海外に資産を振り向ける。ちなみに香港人富裕層は7割近くの資産を外国で運用している。香港人富裕層が中国に感じている脅威は相当なもので、これだけ金融都市として洗練されているのにもかかわらず資産を外に出したいというニーズが強い。
日本の富裕層の資産の行き先は、ニューヨーク、シンガポール、ロンドン
では、彼らはどこに資産を振り向けているのか。振り向け先とその順位も明らかにされている(AP p22, Figure 15)。日本の富裕層はニューヨーク(35.8%)、シンガポール(15.5)、ロンドン(12.5%)となっている。数字は書かれていないが香港は4番目で次にスイスがくる。中国の富裕層はやはり香港が一番先にくるが、面白いのは香港の富裕層が最初に選ぶのはロンドンだ。そしてシンガポールの富裕層が選ぶのは香港、という富の行き先がはすかいとなっている。
ニューヨークはプライベートバンクももちろんあるしニューヨークの不動産は日本人だけでなく世界の富裕層に好まれるので、ニューヨークのウェイトが高くなるのは仕方がない一面、日本人富裕層は香港よりもシンガポールを選ぶとした点は、香港にいるアドバイザーとしてはくやしい。シンガポールは一時富裕層の移住が流行したが、不動産価格ばかり高くなって現地の雇用に貢献しないということでシンガポールのビザを継続するのが難しくなっている。香港は同じような投資ビザを発行していたが、中国人が殺到し社会的緊張が高まったため取りやめとなっている。
香港では大手プライベートバンクが「日本人富裕層を相手にしていても儲からない」ということで次々と日本デスクを閉じている。日本人は他の東南アジアの富裕層のように積極的に売買をしない。手数料が落ちてこないわりに、サービスについては一流のものを求めるから「割に合わない」と判断されるようだ。それがゆえに、香港のプライベートバンクは日本を除くアジアマネー獲得に熱心である。知り合いの日本人プライベートバンカーはかつて日本デスクだったのがフィリピンデスクに配置換えとなっている。
ポートフォリオは現預金偏重
日本の富裕層のポートフォリオで特徴的なことは、
- 現預金/MMFの割合が非常に高い(全体の42%)
- 不動産割合が意外と少ない(アジア平均と比較すると半分以下)
が挙げられる。現預金偏重なのは富裕層だけの特徴ではなく日本人全般に当てはまることではある。よく、日本人の保守的な性質が資産を預貯金に向かわせているという論調もあるが、弊社の味方は逆だ。日本人は世界とくらべて特別保守的な傾向があるわけではない。日本の資産運用商品は手数料が高く、したがって投資家に利益をもたらさず、文句を言いたくても担当者は既にどこか違う支店に異動になっている… ということがあるからだ。日本でバブルが崩壊してから家計の金融資産をどうやって増やすかということには行政の意識が向かなかったこともあり、蛸足配当の投資信託がよく売れるというわけのわからない現象が起こる。
日英欧の家計を比較した日銀作成のデータがある(p3, 図表2)が、リスク資産に振り向ける割合が欧米と日本は全く異なる。「リスク資産では儲からない」ということが日本では常識になりつつあるために思い切ってリスク資産に投資できない現状がある。富裕層の現預金割合は世界では24.9%だが日本の富裕層に限ってはこれが46.5%になる。日本の富裕層は資産の半分は現預金でもち、残り半分をリスク資産に振り分けているイメージだ。
もう一つ特徴的なことに、不動産割合(8%)が世界平均(18.3%)の半分以下であることだ。これは直感に反する事実でもあった。日本のお金持ちというのはなんとなく不動産持ちで、逆に現預金はあまり持ってないというイメージがあるからだ。そういったイメージはむしろメディアに植え付けられたもので、不動産は資産の10%程度というのが富裕層のポートフォリオである。
またよく、プライベートバンクの宣伝などで「ヘッジファンドが半分」みたいな煽り方をするものがあるが、実際に富裕層の資産運用ではヘッジファンドなどいわゆるオルタナティブ投資は資産の10%未満である。UBSなど大手プライベートバンクでもヘッジファンドを入れるかどうかは慎重にアドバイスしていることが多く、ETFや格付けの高い債券などプレーンな投資先をメインに運用していることが多い。ヘッジファンドはここ数年高い手数料のわりに運用成績が良くなく、勧めづらいこともある。
日本の富裕層は運用手数料に対する満足度が低い
自分ひとりですべての運用判断をしている富裕層もいるだろうが、平均的な富裕層は資産運用を外部のアドバイザーに頼っている。それはプライベートバンカーや我々のような独立系のIFA(ファイナンシャル・アドバイザー)だったりする。支払う手数料はまちまちだろうが、たとえばプライベートバンクのUBSの場合で商品ごとに1-4%、年間ベースで運用額の0.9 – 1.2%というのが相場だ。独立系のファイナンシャル・アドバイザーでも似たような手数料体系だ。
アメリカではこういったオーソドックスな手数料体系とは別に年間で固定の手数料だったり、弁護士に相談するときのように相談時間に応じた時間給だったり、バラエティに富む手数料体系があり、投資家に対するニーズにこたえられているせいか満足度は高い(61.6%, WR p19 Figure 17)。また多様なサービスを展開してるため価格に対するプレッシャーもきつく、ゆえに富裕層にはより有利な状況が生まれているのかもしれない。富裕層の数がもっとも多いがゆえに、多様なニーズに答える多様なサービスが生まれやすい土壌があるという富裕層まわりの生態系がある。
それとは逆に日本はそもそもプライベートバンク・カルチャーが発達してこなかったこともあり、手数料はどちらかというと金融対象の売買コミッションベースで年間の預かり資産基準ではない。また日本の投資信託は海外のものを仕入れているだけに二重に手数料がかかっている。担当者はしょっちゅう入れ替わることもあり、顧客本位のサービスを展開してこなかったのではないか。しかも富裕層のほうもそれが当然だと受け入れているフシがあり、資産運用アドバイザーをつける、ということを知らないのではないか。
また日本ではIFAという存在もまだまだ知られていないこともあり、ファイナンシャル・プランナーや顧問税理士がその役割を担っていることが多い。ただ彼らは主に日本の保険をオススメしており(バックリベートが高いため)、アドバイスに従い続けるとやたらと保険ばっかりになってしまう。もちろん彼らが海外のプライベートバンクやIFAを紹介するということはほとんどないだろう。日本の富裕層サービスもUBSと同じくおそらく1%前後だと思うが、それに対して提供できるサービスが限定されているため富裕層は割高に感じるのかもしれない。
このように日本の富裕層は資産運用アドバイザーに何を期待してよいのか分からず、またアドバイザーは富裕層に提供できる武器を持っていないというのがこの数字に現れている気がする。
日本の富裕層は見込み客の紹介をしてくれない
何らかのウェルス・マネジメント・サービスに関わっている場合、既存客が新規クライアント候補を紹介してもらうことは生命線となる。しかし日本の富裕層は、上記の手数料への不満も相まって既存顧客から見込み客を紹介してくれることはほぼない。
NPSという「どれくら見込み客を紹介してくれそうか」というキャップジェミニ独自の指標がある。それによると、手数料への満足度とNPSはだいたい相関している(WR p20 Figure 18)。すなわち手数料満足度の高いアメリカではNPSもまた高く、逆に日本では低いということになる。
どの商売でもそうだが、クライアントに気に入ってもらわなければ事業継続は難しい。そして富裕層の場合、特に「横のつながり」が大事になる。たとえば事業をしている富裕層は孤独であり、同じく孤独な他の商売人仲間と横の関係を持つことが多い。事業者同士だからより打ち解けられるし、良いサービスであれば紹介したいと思うのが自然な感情なのだろう。特に富裕層ほど口コミを大事にする傾向がある。
日本の富裕層のまとめ
日本の富裕層は人口比でみると世界の先進国中でもかなり高い。またポートフォリオでは現預金の割合が多く、不動産は思ったほどでもない。そのポートフォリオのマネジメントをするプロに対しては運用手数料について世界で一番厳しい評価を下しており、それがゆえに他人に紹介することもない…
日本人の富裕層をクライアントとしている私どもにとってもなかなか厳しい現実を突きつけられている。日々精進を怠らないようにしたい。