いよいよ新・保険監督官庁の登場、ブローカーの断末魔を聞くか
IFAを紹介することを生業とする「ブローカー」たちが、新しい保険監督官庁の元で一掃されるかもしれない。いびつな業界構造は正常化するが、クライアント側に目利きが必要になる。
IFA業界に関わらず、金融事業者は規制の影響を大きく受ける。投資信託や住宅ローン、クレジットカードなどの金融商品はときに人の人生に大きく影響を与えるからだ。これらを野放しにしてしまうと金融事業者は利益を最大化することを追求しその結果、顧客はときに大きな損失を被る。
なので銀行、証券、IFAなど金融商品を販売する事業者は監督官庁の規制を受けるべきだし、ルールに違反した事業者はマーケットから退場するべきだし、私たちファイナンシャル・アドバイザーが年に何度も講習を受けて職能の一部としてのコンプライアンス意識を高めているのはそのためでもある。
しかし、IFAやプライベートバンクなどウェルス・マネジメントビジネスの生態系の中にこの規制を受けない人種がいる。それがブローカーと呼ばれる人たちだ。
ブローカーは客を紹介することで対価を得る。たとえばIFAに送客することでその対価としてコミッションを受け取るのだ。IFAをプライベートバンクと読み替えて頂いても構わない。このブローカーと呼ばれる人たちはライセンスなく営業行為を行っているという点で違法ではあるものの、それが顕在化することはあまりない。なぜなら口座開設にしても保険購入にしても、商品自体は合法で詐欺的なものではないからだ。もし思ったようなリターンがあげられなかったとしてもそれはブローカーのせいではなく「IFAの、プライベートバンカーの腕が悪かったからだ」ということになる。
しかし、この「違法行為が顕在化しない」ことを逆手にとって無茶をするブローカーが多数現れた。これは日本国内だけでなく、韓国、台湾そして近年の香港金融業界を大きく支えている中国大陸のブローカーもそうである。たとえば
- 利回りを約束する。たとえば年利10%とうたって商品を契約させる
- 解約手数料について説明をしない。保険商品の場合、早期解約でのペナルティが大きいにも関わらず客に誤認させる
- マルチまがいのビジネスにする
紹介と営業の微妙な線引き。単なる「お友達紹介キャンペーン」との違い
ブローカーは客を紹介してコミッションを得る。表面的にみると、これは単なるお友達紹介でお小遣いを得るのと変わらないのではないか、とも思える。たとえばネット証券であればお友達を紹介して自分の口座の中に1万円が入金される、みたいなことは広く行われている。このお友達紹介が良くて、ブローカーがIFAに送客することがダメな理由はなにか。
一つ目は、それを生業として行っているかどうかだろう。すなわちお友達キャンペーンだけを続けて生計を立てる人はいないだろうが(中にはネットを駆使してキャンペーンのお小遣いを稼ぎまくっている人はいるだろうが、それはキャンペーンの主旨ではない)、ブローカーはそれを生業として行っている。
また二つ目は、紹介の粒度だ。たとえば単なるお友達紹介キャンペーンが「僕が使っている〇〇証券は手数料も安いしオススメだよ!」と紹介し、友人がその証券会社のサービスに納得し口座開設するときと、ブローカーが紹介先のIFAや商品の概要も全部話し、その客がブローカーの説明により契約の意志が固まるというのでは状況が違うだろう。すでに紹介ではなく営業行為であるといえる。
とはいえどこまでが紹介で、どこからが営業なのかを線引きすることは難しく、ブローカーはその間隙を縫っているわけだ。
ブローカーの存在を許容してきた香港の保険業界
IFAは通常、証券業と保険業2つのライセンスを保有している。富裕層に総合的な資産運用のアドバイスをするためには、どちらかだけでは片手落ちだからだ。証券業を監督する官庁がSFC、保険業を監督する官庁がIAである。
証券業界は禁止し、保険業界は許容してきた
先ほど申し上げたようにブローカーはライセンスを保持していないため監督官庁にレコードがなく、抜き打ち検査をされることもなくその違法状態が顕在化しにくい。そして特に禁止するわけでもなくむしろ許容してきたのが香港の保険業界だ。一方証券はとうの昔にブローカーの存在を禁止してきた。
証券業界は、SFC(Securities and Futures Commission)が監督している。SFCはブローカーの存在を「カネ」の面から規制し「営業行為」を規制している。すなわち証券業務で得たコミッションなりフィーはSFCライセンスを保有している人間にしか支払うことができず、仮に単なる「お友達紹介」であっても収入を得るためには必ずSFCライセンスが必要となる。ただし「コンサル料」や「広告代行」などの名目でこっそりブローカーに支払われることはある。SFCからみると、これは違法行為となる。
もっともネット証券などの台頭で証券取引におけるコミッションは減る一方だ。元締めである証券会社やプライベートバンクの手取りが減っているのにブローカーに支払えるカネが増えるわけではない。カネが支払われなければ紹介するインセンティブは減るわけだから証券業界におけるブローカーは目立ってはいない。プライベートバンクの口座開設におけるブローカーもいるものの、それを生業として荒稼ぎしているというのは聞いたことがない。
一方、保険業界は今まで2つの任意団体が監督してきた。PIBAとCIBである。この2つの団体はSFCと違って国が仕切る監督官庁ではない。日本でいうところの政府と金融庁のような関係ではないのだ。
任意団体が監督するわけだから、当然規制も踏み込んだものにはならない。PIBAもCIBも、上級役職には保険業界出身の人間がなるわけだから身内に厳しいことはやりづらいのだ。この2つの任意団体はブローカーの存在を「カネ」の面から許容してきた。すなわち、保険業ライセンスがなくともブローカーにコミッションを払い出すことが可能なのだ。
そして保険商品の場合、手数料体系が証券業界ほど明瞭ではないことから手数料への下方圧力がかかりづらい。それなりの手数料が確保された中、IFAはブローカーに堂々とコミッションを支払い、ブローカーはそれを堂々と受け取ってきた。
ブローカービジネスにおける弊害
保険業のブローカービジネスにおける弊害は、いろいろある。たとえば、
- IFAファームがカスタマーサービスやアドバイザーの教育にカネをかけられなくなる
IFAファームがブローカーに依存してしまうと、どういうことが起こるか。ブローカーは送客できるわけだから、「そのIFAファーム」でなくてもよい。ブローカーが最もコミッションを多く得られるファームを選べばよい。その結果ブローカービジネスに頼るIFAファームはブローカー獲得競争に邁進し、IFAファームが受け取るコミッションの90%をブローカーに支払うところもある。残り10%でIFAファームは経営を続けていかねばならないが、目先の数字に追われているためカスタマーサービスを充実させたりアドバイザーの教育にカネをかけることなんてできない。結果、IFA業(クライアントへのアドバイスやポートフォリオ管理)を行わないIFAが増えていく。
不幸にもそのIFAファームに送客されてしまったクライアントはIFA業界の中でももっとも低いサービスを受けることになる。
この構造は、格安ツアーの食事がマズくお土産物屋ばっかりに行くのと似ている。格安ツアーが格安なのは、レストランがツアー会社に送客してもらう代わりにフィーを払うのだ。そのフィーが料金を押し下げている。IFAファームが払い出すフィーが多ければ多いほど、サービスの質(=レストランの味)は落ちる。
- 雑な営業をするようになり、クライアントは莫大な解約手数料を支払うハメになる
IFAファームが1件の保険を成約させたときに50万円のコミッションがIFAファームからブローカーに支払われるとしよう。受け取るブローカーは「半分の25万円を渡してもいいから、知り合いにも営業してもらおう」と考える。そしてその知り合いは「12.5万円を渡してもいいから、知り合いにも営業してもらおう」とも考えかねないし、「6.25万円を渡しても…」となる。
IFAファームがブローカー獲得競争に血道を上げれば上げるほどブローカーの取り分は多くなり、ブローカーの取り分が多くなればなるほど営業行為はネットワークビジネス化し、IFAファームは末端のブローカーがどういう営業をしているのかが分からないままクライアントは契約書にサインをする。あるいは末端のブローカーは十分な知識がないまま営業してしまう。
結果、契約後に説明の行き違いが発覚し莫大な手数料を支払って解約となる。クライアントは長期の資産運用を考えているのに、ブローカーは短期で人間関係をカネに変えることしか考えないのでこの行き違いは当然の成り行きだ。
- そして香港の金融業界は怪しいというイメージだけが残る
公平のために言っておくと私は2006年7月から2007年9月までの一年弱、このテのIFAファームに所属していた。今でこそIFA業界をエラそうに語っているものの、当時は香港に来たばかりで義両親宅に居候させてもらっている身でもあり1日でも早く仕事先を見つけなければと手当たり次第に面接して就職したというのが実情だ(工場機械のリース会社にも応募したが面接で落とされた)。1年働いて、このブローカーに頼るビジネスモデルは長くは続かないだろうと思っていたし、クライアント本位ではないやり方に嫌気がさして退職、AMGに移籍した。読みは外れてブローカービジネスはこれまでずっと続いた。
安月給ではあったが自分が香港で働き始められるきっかけを作ってくれたので、今でも当時の社長(現在はすでにIFA業界にはいない)には大変感謝している。
当時はブローカーたちはネットワークビジネス出身者や保険業界出身者が多く、みな目をギラつかせていた。僕がああいう人たちに営業されたら身構えてしまうだろうなぁ、という人たちだ。香港の金融業界は怪しい、というイメージがあるなら、たぶんその方たちのせい(そしてそれに協力していた13年前の自分のせい)でもある。
しかし、IAの登場でこの構造が激変する。
IA、新監督官庁の登場
保険業を監督するPIBA、CIBは任意団体だった。両団体の役割に大きな違いがあるわけではなく、単に2つ任意団体が存在していた状態が長年続いていた。しかし2015年暮れに政府の直轄官庁としてInsurance Authority(保険庁、略してIA)が発足、2019年9月23日から2つの任意団体の機能を吸収。先月からIFA業界はIAに監督されている。
元SFCのIFA管轄部長
証券業界にブローカーがほとんどいないのは、「カネ」というもっとも大きなインセンティブを抑えることでブローカーにインセンティブをなくし、結果的に「営業行為」をさせなくするということだった。証券業界を監督するSFCは私どもIFAにとっては神のごとき存在で、歯向かえばこの業界で生きていくことはできない。なのでSFCがブローカーの存在を許容しないという現状がある以上、私どもIFAは証券業務から発生するフィーを第三者に渡すことはない。
一方保険業においてはIAがIFAを管轄するまでは許容されていたので弊社でもブローカーにフィーの一部を渡すという慣行が続いていた。
しかしこの点についてIAがIFAを管轄すると同時に新しい方針を打ち出した。それが
ブローカーにフィーを支払うことは許容するが、ブローカーの営業行為は一切許容しない
という方針である。すなわち「カネ」はブローカーに渡してもいいけれど、「営業行為」はやっちゃダメということになる。
この方針を決定したのは、元SFCに在籍しておりSFCでIFAの管轄をしていたW女史である。W女史は年初のIFAファーム向けブリーフィングで「今までのようなブローカービジネスは許容しない」と並み居るIFAファームの社長の前で断言した。その第一弾がこの「カネ」は許容するけれど「営業行為」は許容しないというルールだ。
ブローカー・ビジネス主体で営業しているIFAファームの社長連中は「我々を殺す気か!」と。W女史はその場で「私は監督する立場であり、あなた達の意見を聞く必要はない」と言い放ち会場は騒然としたそうだ。
ブローカービジネスに頼っていたIFAファームが壊滅
このIAの新しい方針により、ブローカービジネスに頼っていたIFAファームが撤退に追い込まれている。営業行為をブローカーに頼ってきたため、社内に営業部隊を持たず今さらどうやって営業行為をしていいのか分からないからだ。ギリギリまでブローカーにコミッションを支払っていた資金余力のないファームはもちろん、そこそこ大きなIFAファームでもブローカービジネスからの撤退ではなくIFAビジネス自体をやめる、すなわち法人を解散させるという判断を下している。
香港IFA業界にはIFA法人自体を売買するインナーサークルがあるのだが、IFA法人の価値はこの数ヶ月で激減、かつて何の中身もないIFAファーム(しかし証券、保険ライセンスだけは備えている形だけのファーム)が日本円で4,000万円ほどで取引されていたにも関わらず、現在は1,000万円でも買い手がつかない状態となっている。
IFAファームが市場から撤退すると、クライアントはIFAファームの移管を余儀なくされる。口座の移管はそれなりに気を遣うものだし、そもそもブローカービジネスの横行で信頼できるIFAを見つけづらい。結局、クライアントは資産運用ではないところで気疲れしてしまう。
ブローカーの断末魔、そして業界再生へ
営業行為がダメでもカネがもらえるなら、こっそり営業行為をやればいいとばかりにアングラ的に活動を継続しているブローカーもいる一方、潮時と見定めて引退するブローカーもいる。しかもIFAが生き残りをかけてこれまでブローカーに支払ってきたコミッションの支払いを遅らせたり停止したりしており、そこいらで訴訟が始まっており、ブローカービジネスの生態系に生きてきたプレイヤーにとってはまさに阿鼻叫喚。
ブローカーがウェルス・マネジメントの生態系からいなくなると何が起こるか。それはIFA個人の力量がダイレクトに問われることとなる。実際に、ブローカービジネスから大きく転換しIFA個人をきちんと育成していくという本来の姿にかじを切っているIFAファームが出てきた。
実はこの流れはイギリスやオーストラリアと同じで、かの国々もブローカービジネスを排除してきた実績がある。結果何が起こったかというと、
- IFAファームの統廃合が進んだ
IFAファームはクライアントをどれだけ抱えているか、またIFAをどれだけ抱えているか力の源泉だが力のないIFAファームは力のあるIFAファームに身売りをし、存在感を取り戻そうとした。
- 業界の透明感が高まった
ブローカービジネスにおいてはIFA選びはブローカーに主導権があるものの、ブローカーがいなくなれば個人が独自に選択するしかない。説明の丁寧さや手数料のオープンさなどの透明性が高まった
- IFAが高齢化した
ブローカービジネスが消えたことにより、ある程度クライアントベースを持ってないと生きていけなくなった。クライアントとIFAとの間にブローカーが仲介しないので、IFAは自前で集客しなければならず集客できないIFAはただただIFA市場から撤退するので必然的に業界が長いIFAが残るようになった。参入障壁が高まったといえるので、これはこれで今後別の問題となるだろう。
クライアント自身に目利きが求められる時代に
もともと、ビジネスのためにブローカーを使っていた業態がいびつだったのであり、ブローカーが幅を利かせていたことが異常だった。そういう意味では業界は「ふつう」に戻りつつあり、IAの創立や規制は業界にとっては歓迎するべきだろう。
一方でクライアントはIFAを自分の判断で選ぶ必要があり、他人任せにしていた資産運用を自分の判断でジャッジしなければいけないことになる。このブログを読んでいるような情報感度が高い層には関係ないだろうけれど、ブローカーにおんぶにだっこで資産運用をしていた層には少々つらいかもしれない。