CRSに対する香港的ぶっとび対策方法

共通報告基準(CRS)が世界の富裕層を震撼させている。中国人富裕層も例外ではない。そもそもCRSは中国政府が主導しているためだ。そんな中国人のCRS逃れの涙ぐましい努力と、それすら商売にしてしまう香港人。

改めて、CRSとは何か

共通報告基準(CRS)とは、外国の金融機関等を利用した国際的な脱税及び租税回避に対処するため、OECDにおいて、非居住者に係る金融口座情報を税務当局間で自動的に交換するための国際基準

なお、国税庁のHPにあるCRSコーナーやOECDの自動情報交換(AEOI)に関するページも参照してもらいたい。

仮にあなたが日本居住者で、HSBC香港の銀行口座を保有していたとする。HSBC香港は香港の金融機関で、あなたは香港居住ではない。すなわち香港からみてあなたは香港非居住者となる。あなたが香港非居住者である、ということでHSBC香港はあなたの居住国すなわち日本の国税局にあなたの口座情報を報告する… それがCRS(Common Reporting Standard, 共通報告基準)だ。

CRSの究極の目的、それは、

外国にある金融資産を丸裸にする

ことにある。このCRSはOECD、経済協力開発機構の枠組みなので日本だけに適用されるわけではない。現在日本や香港も含め100を超える国と地域が批准している。この数は今後も増える見込みだ。アメリカは現在正式に批准はしていないが、批准も間近だと噂されている。

CRSのインパクトが大きいのは中国人

CRSに震撼している日本人富裕層は多いが、量・質ともに震撼の度合いがもっとも強いのが中国人だ。そもそも中国では中国大陸から外国に送金するのに規制があり、法定の持ち出し額をはるかに超えた巨額の資金が外国にあれば、その事実が発覚しただけで違法送金と認定される。賄賂をしこたま溜め込んだ政府高官であれば、何千万ドル・何億ドルという単位であろう。

香港でのCRSは段階的に実施される。公にされている資料はないが、銀行や税務当局関係者の話を総合すると1年目はUSD100M以上をターゲット、2年目はUSD10M以上をターゲット、3年目からUSD1M以上をターゲットとしていくとのことだ。始めは大きな虎をたたいてその後はハエを叩くということになろう。とはいえUSD1M未満でも安心してはいけない。CRSの枠組みでUSD1M未満は報告対象外とする、とはどこにも書いてないからだ。したがって金額が小さくともいずれは居住国の税務当局に報告される、と考えるのが妥当だ。

世界的に脱税行為が横行し、担税の公平性が失われている現在においてCRSが目指す取り組みはポジティブに評価されよう。また私ども香港で活動している金融関係者が脱税の片棒を担っているとの負のイメージが払拭されることにもなるし、業界的にも喜ばしいことだ。一部の金融コンサルタントのせいで他の大部分の真面目な取り組みが否定されるような状況が改善する。

しかし富裕層にとっては頭が痛い。せっせと海外に逃がしてきた資産が白日の下にさらされるわけである。とはいえ上に政策あれば下に対策あり。まずはCRSの”抜け穴”を概観し、CRSから逃れる”究極の方法”を提供する香港人のたくましい商魂を紹介したい。

まずCRSの”抜け穴”の代表的な3つについて。抜け穴といっても違法なものではなく、合法的なものである。

1. 不動産 / ゴールド(地金)

そもそもCRSで報告対象となるのは預金、株、ファンド、生命保険などの金融資産だ。不動産やゴールドなど、金融資産と呼べないものはCRSの報告対象でない。もちろんREITやペーパーゴールドなど証券化されてしまえばそれは報告対象となる。香港の不動産価格は天井知らずに上昇を続けているが、上昇の一部は明らかにCRS対策に中国人が買い漁ったことによる。

しかし。

不動産は登記情報としてデータ化されている。データ化されているものは報告しやすい。そして不動産登記情報も来年からCRSの報告対象に組み入れられるという。そしてゴールドについても、地金業者に売買履歴の報告義務を課そうとしている。空港近くの大きな倉庫に税務当局が視察に出て、ゴールドバーが隠れてないか、隠れていたとして誰が持ち主かを血眼になって探しているようだ。したがって資産を不動産やゴールドに代えてCRSの報告対象から逃れようとすることは早晩通用しなくなろう。

2. 国籍を変更する / 投資ビザを取得する

CRSは、”非居住者の金融情報を報告する”枠組みだ。すなわち居住国Aに在住の人がB国にて保有する金融情報をA国の税務当局に報告する。居住国 ≠ 金融資産を保有する国であるからCRSの報告トリガーにかかるのであれば、居住国 = 金融資産国にしてしまえばいい。

オフショア国が外貨稼ぎに30万円 – 100万円でパスポートを発行しているのを利用して、その国に国籍を保有しその国で口座開設をしその口座に資金を移動してしまえばCRSにはひっかからない… はずであった。

国籍変更のような抜け穴を防ぐため、「何年その国に住んでいたのか」という基準が設けられた。基準はまちまちだが最低でも5年。5年その国に住んでいなければCRS報告対象となる。では実際に住めばいいではないかと思われるかもしれないが、たいていそういったオフショア国に居住するのは大変にハードルが高い。まず、日本と物理的に遠いことが多く気軽にいける場所ではない。しかも現地にはオフショア金融以外の産業がなく何か他にビジネスをすることも考えられない。国籍を取得するので永住権は得られるが、外国人がそこに5年間住むことは – いくらCRSを避けるためだとはいえ – ハードルが大変に高い。

投資ビザを取得する場合も同様である。事業あるいは金融資産に投資をするとしても、彼の国に住み続けなければならない。人間は、住み慣れた土地の毛布のような心地よさはなかなか手放すことはできないのだ。

3. 特殊な保険に加入する

CRSは金銭的価値のある有価証券の保有の報告を要求している。金銭的な価値がなければ報告の必要はない。そこで、保険会社はCRS対策として新たな商品を生み出した。1つは解約返戻金が0となるゼロバリュー生命保険。生命保険自体はCRSの報告対象となるが、それは生命保険が途中で解約された場合に返戻金の価値(バリュー)が残るからだ。しかしゼロバリュー保険はその名の通り解約返戻金がゼロであるため報告の対象とはならない。もちろんゼロバリュー保険も生命保険なので死亡時に相続人あるいは受益者に保険金が支払われる。CRS対策にはなるが相続税対策にまではならない。

しかし存命中にCRSで追いかけられることはない。

もう一つは中は保険証券の売却や解約を許さない保険だ(ゼロ流動性保険)。この保険もゼロバリュー保険と同じ考え方に立脚する。売却や解約ができなければ手元の価値はゼロだという認識だ。仮に凄まじく価値のあるとされる絵があるとして、それを買ってくる人が現れない限り、すなわち現金化されない限りその絵はまさに絵に描いた餅である。

これら2つのタイプの保険はプライベートバンクが保険会社にオーダーメイドで作ってもらうような保険で、保険の総合代理店で買えたりはしない。

この保険でのCRS報告の回避が難しいところは、現金化が難しいとはいえ考えの相違で残存価値を認めてしまうことが可能な点にある。現在価値がゼロであっても、保険購入時点でそれ相応のキャッシュは必要であったろうからそこを評価するという考え方だ。今のところOECDがこの保険に対する報告義務を課すとはしていないものの、不動産同様いずれそうなる可能性は高い。

事業会社はCRS報告対象外

事業会社、すなわちビジネスをして利益を得ている非上場会社の株式価値はCRSの対象外である。CRSは金融資産を対象にしているのであって、非上場のスモールビジネスの株式まで対象にしていない。また非上場の事業会社の株式は評価しにくい。もちろん様々な指標を用いればその株式は評価は可能だろう。しかし銀行口座に1億円ある、といったように一意には評価できない。

また現地で雇用を生んでいるし地元で法人税を支払っているはずだろうから、税逃れと一方的に糾弾するわけにもいかない。

したがってCRS対策として事業会社のオーナーになるという選択肢が出てくる。しかし税逃れをしたい人たちはリスクをとって事業を興したいわけではない。むしろその逆。資産の目減りを防ぎ、あわよくば次の代まで資産を残しておきたいと思うものだ。いくらCRSのためだとはいえ事業に失敗し資産を減らすわけにはいかない、という事情がある。

タクシー会社を経営しませんか? 5億円で。

そこで、抜け目のない香港人たちは編み出した。タクシー会社を経営する、という手法だ。

  1. 事業会社であること
  2. せっかく隠した資産をリスクにさらさないこと

この2つを満たすものであれば、まずはCRS報告対象外となる。すなわち本国に報告がいかない。叩けばほこりの出る中国人たちは食いつくのは目に見えている。CRSによって北京に情報が筒抜けになってしまえば、国際指名手配の後中国国内で収監されないとも限らない。

ここで少し香港のタクシー事情を説明しておく。タクシーは日本と同じく白タクは認められず、届け出制のビジネスだタクシー1台ごとにライセンスが必要で、ここ20年発行済ライセンスの総量に変化はなかったが、ここ最近Uberなど特殊な業態を認めてライセンスの種類や量ともに増やそうとしているとの記事があった。

このタクシーライセンス、なんと取引対象となっており現在650万香港ドル(現在の為替レートで9,300万円)する。お金持ちがタクシーライセンスとタクシー本体(たとえばトヨタのクラウン・コンフォート)を1億円で購入し、それをタクシー運転手に貸し付ける。タクシー運転手はそのお金持ちにリース料を支払うというビジネスが既に成立している。

資金の出し手たる金主は国籍を問わない。そこで中国人を金主として以下のようなパッケージを組む。

  • タクシー5台セット
  • 会社のマネジメントフィーは年間売上の3%

タクシーを5台とするのは、1台より事業会社っぽくなるからだ。また金主はタクシー会社のマネジメントはできないだろうから、代行してあげる。そのフィーが売上の3%。これで金主に投資額の3-4%が残るという。ライセンス5台分、タクシー車5台、初期セットアップ込みで5億円ぽっきり。CRS対策にバッチリ。

もちろん5台以上であれば10台でも20台でも構わないから、スケーラブルである(笑)。

折しもタクシー業界では高齢化が進んでいることから、タクシー業から引退する運転手がふえている。ダブつきそうなライセンスを中国人がササッと買う。香港は中国人のマネーロンダリング一大本拠地だが、タクシー業界にまでそれが及んでいる。

ただし、事業会社は2国間の租税協定で情報が交換される場合がある。CRSのようにオートマティックに交換されるわけではないが、事業会社をしていれば絶対確実に税逃れできるわけではない。

とはいえ海外で事業を検討、展開する方も多い中、そもそも現場ではどのように対応しているのかを聞いてみたいという方がいらっしゃいましたらこちらから。

関連ブログ:2019年度版・富裕層のためのCRS対策

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