香港人はHSBCを好きすぎてもはやオモロイ
香港人がいかにHSBCを頼っているかは日本人の僕には想像できない。
HSBCの株価が急落している。9月25日の終値で、25年来の最安値となった。HSBCの株価がこれほどまでに下落してしまった理由はいくつかある。
一つは、マネロンに関わっていたという米フィンセン文書。
英投資銀行HSBC、投資詐欺と知りつつ巨額資金移転=米フィンセン文書 – BBCニュース
またもう一つは、ファーウェイ問題でカナダ・アメリカ当局に手を貸したということで中国政府から睨まれていること。
CNN.co.jp : 中国に賭ける英HSBC、緊張激化なら大きな苦境に
HSBCはイギリスに本社を置くものの、香港上海銀行と言われるように、ルーツは中国にある。アジアでの売上が全体の55%、顧客数は半分に48%に届かないが、中国をはじめとするアジアでプレゼンスを高めていく途上にあるわけだ。
1件目のマネロン問題については、トップが辞職するなり巨額の賠償金を支払うなりすれば解決すると思うが2件目の中国から撤退させられるかどうかという問題は深刻だ。HSBCはグローバルバンクだが香港での売上を3分の1も占めており自らも「中国へのゲートウェイ」と宣伝しているからだ。
今回の下落で時価総額的にはオーストラリアのコモンウェルス銀行と同等程度になってしまった。ライバルと目されているシティバンクには及ぶべくもない。HSBCは欧米を立てれば中国が立たず、逆もまた然りというこの米中対立に見事に巻き込まれてしまった形となっている。
HSBCの株価下落の原因についてはこんなところにしておいて、今日は香港人とHSBCとのちょっと不思議な関係について書きたいと思う。まったく身になる話ではなく、「へ~」という類の話で申し訳ないです。
HSBCとは呼ばず、香港銀行と呼ぶ
香港市民は香港銀行と言い、HSBCとは言わない。時々、単に「銀行」と呼ぶ香港人もいる。香港には世界中からグローバルバンクが集まっているにもかかわらず、香港の銀行といえばHSBCなのだ。もちろん香港銀行という名前の銀行は存在しないし、香港には中央銀行もないから日本銀行と同じニュアンスでの中央銀行としての香港銀行も存在しない。香港上海銀行を単に短く言っただけなのかもしれないが、あまりにも堂々と「香港銀行」というので僕もすっかりHSBCのことを香港銀行と呼ぶようになった。
広東語でHSBCのことを「滙豐」、発音は「ウィフォン」と言うが滙豐と呼ぶ人も少ない。しかし一方で中国銀行のことは中銀と呼ぶ。おそらく香港人の頭の中では銀行はHSBCとそれ以外という図式なのかもしれない。
老後資金・全財産をHSBC株にぶっこむ
香港は税が安い代わりに社会保障がうすく、年金問題は深刻だ。行く場所も使うお金もなく、マクドナルドで寝泊まりしている老人をたまに見かけるが心が痛む。
そういった背景もあってか、香港人は老後資産を積極的に運用する。リーマン・ショックの際にリーマン・ブラザーズが倒産したが、HSBCはそのリーマン・ブラザーズやらサブプライム関連の債券を「安全ですよ」と宣伝し販売をしていたため後で大きな罰金を食らうこととなった。
販売手法に問題があったことは確かに問題だが、僕がびっくりしたのはそれに老後資金を全部つぎ込んでいる老人が少なからずいたことだ。「HSBCが販売しているなら問題ない」みたいな日本のかんぽ問題にも通じる背景がそこにあった。
そしてHSBC自身の株式もその信仰対象となっており、HSBC株に文字通り全財産をつぎ込む人が今でもいるのだ。香港人は利にさといが分散投資ということを知らない。60前後の早期退職者が僕に退職後の資産運用のアドバイスを求めてきたため「分散投資が肝心ですよ」と間違いなく言ったにもかかわらず、その方はゴールドに全財産をつぎ込んでいたくらいである。一体何をどう考えれば
全財産をHSBC株につぎ込むので、HSBCの株価が下がったらもちろん苦しい。苦しくて余裕がないと、投資家は悪いタイミングで損切りしてしまうことになる。それ以上の不安を抱えたくないからだ。今回の下落でも、投資に詳しくない個人投資家たちは大きな損を抱えて売却している可能性は高い。
配当が出ないとガチギレする
今年の3月に、HSBCが「2020年は配当を出さない」ことを決定した。発表をうけて個人投資家たちは激怒した。激怒するのはいいとしても、クラスアクションを本気で起こそうとしているのだ。配当を出すか出さないかは会社の裁量であり、投資家がそれを期待したところで叶えられないこともある。しかも裁判をして勝ち取るようなものではない。しかも配当を決定する本社は1992年からイギリス・ロンドンにあるのに、だ。
Facebookでも「HSBCを糾弾せよ! 」というグループがいくつも立ち上がり、配当がもらえなかったことに対する怨嗟が書き込まれている。中には「配当がないなら、無料で新株を我々に与えよ」という主張まであった。無料で全投資家に新株を与えてしまったら名目上の持ち株数は増えるかもしれないけど一株あたりの価値が下がるから同じではないのか… とツッコまずにはいられないのであった。
株式は債券ではない。株式の配当は約束されていない。定期的な収入を寄こせといえるのは債券の保有者であり株式の保有者ではない。HSBC株の配当を年金・お小遣いのように考えていたからといって、それが叶えられるわけではない。
医師会などプロフェッショナル組織もHSBC大好き
香港の医師会などプロフェッショナルがつくる互助会的なものでも、会員の会費の余剰分は運用に回される。
香港の医師会でも今回の下落によってHSBC株がポートフォリオの少なくない部分を占めていたことが発覚し、医師会が今後のポートフォリオを見直さざるを得なくなっている。また保有していたHSBC株を売却し損失が現実化したことも伝えられていた。
そしてその医師会の医師たちも「HSBCは、もはや私たちの好きなHSBCでなくなった」と次々に発言しているように、配当なし&株価下落という展開は好きな人に急に冷たくされたような、ハートブレイクな展開だったようだ。どんだけHSBC好きやねん。
しかし医師会が運用するのであればETFのような個人の好き・嫌いという主観が入ってこないようなものを選択するべきだと思うし、このタイミングで損切りするならもっと前に損切りしてなきゃいけなかったはずなのに、まさかこの最悪なタイミングで損切りとは… 運用にプロフェッショナルはいなさそうだ。
HSBCと東電は似てる?
パッと見低PERと高配当だが、それに全財産つぎ込んで苦汁をなめさせられたといえば東電株がすぐ頭に思い浮かぶ。東電株も年金代わりに使っていた個人投資家は多かっただろう。HSBCも香港人にとってそのような存在なのかもしれない。
HSBC株は下落前はPER15-18倍、現在はPER10倍程度と目に付きやすい。
ネット界隈でも「Buy dip」すなわち安くなったところでナンピン買いしておこうとする投資家が増えてきており、もしかしたらそこに短期売買の投資家が群がる可能性はある。