プライベートバンカーがオススメする”プレミアム・ファイナンス”のウラ・オモテ
プライベートバンクが富裕層に提供する「プレミアム・ファイナンス + ハイイールド債ポートフォリオ」についての考察、プライベートバンクにとっておいしい取引であり、レバレッジをかけた以上貸しはがしもあり得ることは想定しておくべき
「プレミアム・ファイナンス」ってどうなんですかね?
と弊社AMGのクライアントからの問い合わせがぽつぽつあったので、私がプレミアム・ファイナンスに対して考えていることを記しておきたい。ちなみに弊社では生命保険単体での取り扱いも、プライベートバンクと協働してプレミアム・ファイナンスの取り扱いも行っている。しかも、後述するように私たち販売者にとっては一粒で何度もオイシイ商品となる。クライアントの利益を無視して手数料目当てであれば年間数件の成約で後は遊んで暮らせるくらい稼ぐことができるほどに。この点では販売者たる私たちアドバイザーにはプレミアム・ファイナンスをパッケージにして販売する金銭的インセンティブがあるのだが、正直な意見を述べることで私たちの職業観の根っこにあるフィデューシャリー・デューティー、受託者責任をまず果たしたい。
また手前味噌だがAMGは懐の深い会社で、どんな金融商品を売るかについての上からの圧力は一切ない。いくら販売手数料が高くても、会社に利益をもたらす商品でも何を売るかはあくまでアドバイザーの裁量に委ねられている。フィデューシャリー・デューティーについては社内に明確なポリシーがあるわけではないが「自分が買いたいと思うものを売れ」ということに尽きると思う。
現在プレミアム・ファイナンスを検討されている方々は本稿でプレミアム・ファイナンス利用時におけるリスクがどのあたりにあるのかをざっくり把握する一助となれば幸いだ。
そもそもプレミアム・ファイナンスとは何か
ご存知ない方のために、プレミアム・ファイナンスとは何かを簡単に説明する。プレミアム・ファイナンスは、英語で書くと”Premium Finance”となる。Premiumはビールのプレミアム・モルツの”高級なイメージ”としてのプレミアムではない。このPremiumは生命保険における保険料のことを指す。
そしてファイナンス(Finance)は”借り入れ”のことである。なのでプレミアム・ファイナンスは直訳すると「保険料借り入れ」となる。
通常、生命保険における保険料は契約者(個人や法人)が”全額”捻出する。たとえば保険料が10万円だとすると、個人や法人が保険料として保険会社に10万円を支払う。その代価としていざ被保険者が死亡した場合に死亡保障額が支払われる。その10万円はもともと契約者の財布にあったものだ。保険料が10万円であればプレミアム・ファイナンスの出番はない。
しかし外国生命保険のような、巨額の死亡保障額、たとえば10億円の生命保険に加入する際の保険料は多額となる。仮に10億円の死亡保障がついた生命保険に入るために3億円の保険料が必要だとしよう。このうち、2億円を銀行(プライベートバンク)から借り入れ、保険契約者は手元の1億円とあわせて合計3億円の保険料とし生命保険に加入する。銀行は加入した保険証券を担保として2億円を融資する。もちろんこれは融資だから金利が発生する。
すなわちプレミアム・ファイナンスを利用した生命保険加入者は、頭金として1億円、そしてプライベートバンクに毎年金利を支払う必要がある。
これがプレミアム・ファイナンスの簡単な概要である。プレミアム・ファイナンスは新しい金融技術ではなく、昔から存在していた。本来なら自分で全額支払うべき保険料を、保険証券を担保として銀行から借り入れたものと合わせて支払うのがプレミアム・ファイナンスだ。銀行が土地を担保に融資をしてくれるのと同じで、プレミアム・ファイナンスでは土地が保険証券となっただけだ。担保価値のある保険証券は高格付けの保険会社が引受したものに限られる。
この「生命保険証券を担保にプライベートバンクから融資をうける」というのがプレミアム・ファイナンスの基本形だ。
ステップ1. 生命保険を買う
ユニバーサルライフ保険
銀行が担保に取ってくれる保険証券は、保険証券なら何でも良いというわけではない。むしろかなり限定的だ。具体的な生命保険会社の名前はコンプライアンス上明かせないが、高い格付けを得た保険会社が提供するユニバーサルライフ保険が担保として利用される。
ユニバーサルライフ保険とは、貯蓄と保障が一体型となったものである。貯蓄部分は予定利率があり、通常四半期に一度この予定利率が漸次変更される。たとえば3.5%から3.75%というふうに。なので株式市場のような上下変動はない。
事業承継に利用
またこのユニバーサルライフ保険は保障額が高額になるため生命保険の一般的なニーズである「大黒柱を失った家族の生活費」という意味合いよりも、事業承継に利用される場面が多い。たとえば、長男/次男と子供のいる中小企業の創業社長が長男に自分の会社の株式を100%継がせたいとする。本来であれば50%/50%となる株式の分割を避けるのは、兄弟間の争いを避けるためだ。
仮に相続税が10億円かかるとしよう。会社や個人にキャッシュはあっても、もし創業社長が突然亡くなってしまえばそれは長男が引き継いだ後の移行期間中の事業運転資金としたいだろう。また取引先の銀行は創業社長がなくなれば貸しはがしにかかるかもしれない。そういう時に備えて高額な保障が必要となり、こういった高額生命保険に加入する。「一族の資産を減らさない」「相続を争族とさせない」ための知恵だ。
ちなみに香港では相続税はないので、こういった商品へのニーズは少ないようだ。逆に重相続税国であるヨーロッパ、アメリカ、日本にはニーズがある。お隣中国には相続税は存在しないが、中国人富裕層にとっては資産を中国外に出すニーズは常にあるのでこの保険の仕組みを使うことで資産を外に出している。
商品概要
さて、商品の概要は以下のようなものだ。この生命保険は信用格付けAA-の生命保険会社が提供しているもっともオーソドックスなユニバーサルライフ保険である。
商品籍 – バミューダ
予定利率(現行) – 3.60%
販売手数料 – 保険料に対して7%
最低保障額 – USD1M(USD1,000,000)
最高保障額 – USD100M(USD100,000,000)
ゼロがたくさんついて見づらいので、100万単位をM(Million)と置き換えることとする。USD1 = JPY100と仮定すると、USD1Mは日本円で1億円。ちなみに最高保障額USD100Mについてはパンフレットに記載はないが、商品提供元の話だとUSD100M以上の保障額となると異なる保険会社どうしでコンソーシアムを組み、たとえば保険会社AがUSD50Mを引き受け保険会社BがUSD100Mを引き受けて合計USD150Mとすることもあるようだ。総額150億円の保険引受となると、業界ではちょっとしたニュースになるだろう。
またUSD建て商品であるので、米ドル以外を生活通貨としているフランス人や日本人は為替リスクを背負う必要がある。なぜ予定利率が日本と比して高いのかというと、運用先が米国債か日本国債かという違いがあるからだ。米国債10年利回りは3%前後で推移している一方、日本国債10年利回りは0.1%である。保険会社間の運用スキルの良し悪しはあるものの、運用先の制約があるため予定利率が高くなるのだ。
具体例
今回は以下のようなクライアントを想定し生命保険の設計書を出してみた。イメージとしてはこの創業者社長である。
48歳/男性/非喫煙/保障額USD10M
この例では、およそUSD3Mの保険料が算出された。実際には健康診断を受けた上最終的な保険料が算出される。健康保険の結果によって保険料は上下10%程度前後する。ちなみに日本国内では断られるような糖尿病、高血圧、肝炎、癌の克服者も加入できることもある。
このクライアントの生命保険の解約返戻金をプロットしたら以下のようになった。100歳で解約返戻金=保障額=USD10Mとなる。
最初の15年を過ぎる前に解約すると重い解約手数料が取られるが、満15年でUSD4.3Mの解約返戻金となっている。これは年複利換算で2.4%。予定利率3.6%ちょうどとならないのは、最初に販売手数料7%引かれたところから運用がスタートするからだ。販売手数料はパンフレットに明記されているので、いくら取られているか分からないというモヤモヤはない。
この時点で商品におかしな点はない。
契約者はUSD3M支払ってUSD10Mの保障を得る。クライアントが働きすぎて契約の早い段階で死亡してしまえば本来の生命保険の役割を果たし、遺族はUSD10Mの保険金を得て争族化を避けられる。逆にクライアントが長生きしてUSD10Mの保障が必要なくなれば解約してしまえばいい。仮に保険契約から20年後、長男は立派な跡継ぎとなっており会社の株式は時間をかけて無事息子に100%譲渡され、それを見て安心した創業社長が68歳で引退、保険ニーズが不要になることもあろう。そのころには解約価額はUSD4.9Mとなっている。これは年複利で逆算すると2.5%となる。保険料がUSD3Mだったので、USD4.9Mであればトータルで63%のリターンがついて戻ってくることになる。
20年もあれば長期米国債など格付けの高い債券を買って寝かせておけば63%以上の利回りは期待できるが、債券には保障機能は当然ない。その点、この生命保険であれば保険ニーズがなくなれば解約することができる。ちなみに7年を過ぎればUSD3M以上が解約返戻金として戻ってくる。すなわち”それ以降、いつ解約しても損はしない”という状態だ。保障が欲しければ解約せずに持っていればよい。保障が不要となれば解約する。まさにユニバーサル(多目的)な生命保険だ。
ステップ2. プライベートバンクに融資してもらう
掛目(かけめ)とローン金利
次はファイナンス部分。プレミアム・ファイナンスが生命保険証券を担保にプライベートバンクから融資を受けることについては前述した。プライベートバンクは担保とする保険の解約価額の何%、というかたちで融資をする。この何%という掛目はあくまで解約価額に対してのものであり、保険料や保障額に対する掛目でないことに留意されたい。たとえば前述の例だと加入直後の解約価額はUSD2.45Mとなる。たとえば80%の掛目でプライベートバンクが融資をするとすると、およそUSD2Mが融資限度額となる。
保険料は総額USD3Mなので、契約者は手持ちのUSD1Mを頭金とし、プライベートバンクから借りたUSD2Mをあわせて保険料を捻出する。
このUSD2Mはプライベートバンクから借りたものなので、金利が発生する。ローン金利水準は”基準金利 + 銀行側手数料”というかたちで決められる。たとえばLIBOR12ヶ月 + 1.0%といったふうに。LIBORとは銀行間取引レートのことで、ざっくりいうと貸出金利の基準となるレートだ。LIBOR12ヶ月であれば、金融機関どうしで資金を融通した場合、12ヶ月後に返済するのであればどれくらいの金利で借りられるか、ということだ。基準金利はLIBOR12ヶ月ではなくてLIBOR3ヶ月を基準としたり、他の基準を採用するプライベートバンクもあるがどの銀行もLIBORを基準とすることに相違はないようだ。
先の例、LIBOR12ヶ月 + 1.0%でいうと1.0%の部分がプライベートバンク側の手数料となる。この1.0%はプライベートバンクによってまちまちで0.8%だったり1.2%だったり1.5%だったりする。どの基準を採用するかはプライベートバンクによって異なるし、また大口の客には割引などがあろう。
大きく変動する基準金利
基準金利となるLIBORは景気によって大きく変動する。ちなみに過去のLIBOR12ヶ月をプロットしたものは以下のとおりだ。ご覧いただけるように、リーマンショック前には大きく盛り上がり、米連銀が金利引き下げ + 量的緩和を始めると大きく下がり、また金利引き上げ + 量的緩和縮小を始めた2016年ごろから上昇している。このようにLIBORは景気サイクルや金融政策に大きく影響をうける。
仮にプレミアム・ファイナンスの金利をLIBOR12ヶ月(=2.8%、2018年8月24日現在) + 1.2%(銀行側手数料) = 4.0%とする。この数字は問題の本質を損なわない程度にやや辛めに設定してある。現在のプレミアム・ファイナンスを提供しているプライベートバンクは4.0%よりも低い金利を提示しているところもあるし、4.0%はこのマーケット水準からいうと高いほうだ。しかしLIBOR12ヶ月とってみても過去1年で1%の幅で変動しているので、ローン金利を4%で計算するのはそこまで突飛なことではない。
年間4%の金利が発生するとすると、USD2Mに対する金利支払いは年間USD80,000となる(USD2M × 4%)。もちろんUSD80,000だけ返済していても元金は減っていかないので、元金を減らしたければそれ以上に返済していく必要がある。
契約者は手元のUSD1Mと銀行のUSD2Mをあわせて保険料としUSD10Mの保障を得、毎年最低でもUSD80,000の金利支払いを続ける。契約者は頭金USD1Mに対してその10倍のUSD10Mの保障を即座に得ることができるかわりにプライベートバンクにはコツコツと年間USD80,000以上のローンを返済していくことになる。金利は常に変動しているので、年によってはローン金利支払いが倍になるかもしれないし、半分になるかもしれない。現在の金利情勢を考えると、連銀は今年中にあと2回の金利引き上げをするということなのでLIBORも上向いていく可能性が高い。返済ができなければ、担保とされていた生命保険を解約して現金化し返済に充当することとなる。
ここまでのお話についてきていただけただろうか。
プレミアム・ファイナンスに利用されている生命保険はごくシンプルなものであること。またファイナンスの方法は土地建物に融資をするのと同様に保険証券を担保として資金を融資すること。
ローン金利については変動するものであるが、その変動リスクを承知で借りているのであれば外野がとやかく言うことではない。仮に金利が大きく上昇して返済が困難になれば担保とされていた生命保険が解約され、その結果として保障を失う。保険契約の初期であれば、解約手数料が高いのと銀行に諸々手数料抜かれてしまうため手元に戻る返戻金は微々たるものとなろう。すなわち、プレミアム・ファイナンスを始める前より資産状態が悪くなってしまう可能性もある。
とはいえローンを組む、レバレッジをかける、とはそういうものだ。良いときは資産は膨れるし、逆回転すると資産を失う。プレミアム・ファイナンスのローン返済ができなくて保障を失う、ということは不動産をローンで購入したけれど、失業してしまって金利を払えずに不動産が抵当流れになったという構図と一緒である。
ステップ3. ローン金利を相殺するためハイイールド債ポートフォリオを組む
生命保険自体はシンプルなものだし、ファイナンスも契約者本人が金利変動リスクを承知で行うのであれば何も悪くない。
しかし問題はここからだ。
ローン金利を投資で相殺
単に保険証券を担保にファイナンスしただけでは金利の支払いが発生する。ローンを組んだ代価としても、できれば金利を負担したくないというのが人情だろう。そこで、プライベートバンクは”ハイイールド債ポートフォリオ”を組んでローン金利を相殺しませんか、と持ちかける。
ハイイールド債とは、響きはかっこいいがジャンク(Junk, クズ)債とも呼ばれ、信用格付の低い債券群のことを指す。債券にもよるが、4-9%程度のクーポン(利払い)を得られるかわりに、その債券を発行した企業のクレジットリスクを背負わなければいけない。なぜなら債券の本質は、カネ貸しだからだ。債券を購入するということは、その債券を発行した企業に対してカネを貸すのと同じ行為。ただその債券は人の手から人の手に渡るため、その都度値段が決まる。
そんなハイイールド債に投資するということは経済的にうまくいっていない事業会社にカネを貸し、その会社から金利を払ってもらうということと同じだ。もしその発行体企業が債券の満期まで持ちこたえてくれたら投資家の勝ち、満期を迎える前までに倒産してしまえば負けとなる。倒産時に財務がどれだけ傷んでるかにもよるが、最悪の場合1円も戻ってこないこともあり得る。
プライベートバンクはこのハイイールド債を何本か保有することによって投資家が金利収入を得、それをプレミアム・ファイナンスの返済に充当しませんか、と持ちかける。もちろんハイイールド債を保有するのには購入資金が必要だ。仮にプライベートバンクにおけるポートフォリオ・アドバイザリーフィーやらカストディフィーが合計年間1.0%として、年間5%のクーポンが発生するハイイールド債ポートフォリオを組んだとする。5.0%(ポートフォリオが提供する収入総額) – 1.0%(プライベートバンクにおける手数料) = 4.0%が投資家の手取りだが、先ほどの例でいうとUSD80,000の金利支払いを相殺するためのハイイールド債ポートフォリオを組むための自己資金はUSD2M必要となる。
もう一度整理
あれ? チョット待って、頭が混乱してきた、という方。心配しないで頂きたい。それが普通の感覚だ。これまでの話を整理してみる。
ステップ1。USD3Mの保険料を全額自分で支払ってUSD10M得る。これがもっともシンプルな形。
ステップ2。手元現金が少ないために保険料USD3MのうちUSD1Mを頭金として自分で支払ってUSD2Mをプライベートバンクから融資してもらい、総額USD3Mとする。プライベートバンクが融資したUSD2Mに対しては基準金利 + 銀行の手数料というかたちで金利支払いが発生する。金利は変動するので、返済できなければ保障を失った挙げ句返戻金もほとんど返ってこない場合もあり得る。
そしてステップ3。プライベートバンクはその金利を相殺するためにハイイールド債ポートフォリオを組ませる。投資家の手取りがプレミアム・ファイナンスの金利と相殺できるような水準のハイイールド債を集めてくる。プレミアム・ファイナンスに4%の金利支払いが必要なら、ハイイールド債で4%を稼ぐ、といったように。そのためにプライベートバンクに口座を開かせてハイイールド債を購入する資金を入金させる。この場合クライアントは結局、保険購入のための頭金USD1Mとプレミアム・ファイナンスの金利相殺のために組むハイイールド債ポートフォリオ2Mの、合計USD3Mが必要となる。
実は、ステップ2止まりというのは存在しない。プライベートバンクがプレミアム・ファイナンス融資の条件としてハイイールド債ポートフォリオを組むこととしているからだ。ステップ2まで、すなわちファイナンスまでというのはプライベートバンクが認めないのである。理解を進めるために便宜上ステップ1、ステップ2、ステップ3としたが現実には1と3しか選択肢はないことになる。なので「プライベートバンクでプレミアム・ファイナンスする」というとき、このハイイールド債ポートフォリオもセットでついてくることを知っておかねばならない。
ステップ1(全額自己資金で捻出)では投資家はUSD3M準備しなければならなかった。ステップ3(生命保険購入のための頭金USD1M、ハイイールド債ポートフォリオのためにUSD2M)でも同じUSD3M必要である。で、当然このような意見が出てくる。
手元にUSD3Mあるなら、最初から全額保険料を支払えばいいのでは? そしたらローンもへったくれもない。しかも不本意なタイミングで生命保険を解約しなくて済む。
これが私の意見でもある。手元現金が少なければ、割高にはなるが保険料を一括ではなく10年分割して払うことも可能だ。この場合でも保障額は契約時点でUSD10Mである。しかしプライベートバンクはその説明をしてくれない。
ポートフォリオを人質に取られる
プレミアム・ファイナンスの金利を相殺するためのハイイールド債ポートフォリオを組むというのがなぜ悪手に思えるか。それは、ステップ2(ファイナンスのみ)では契約者が負うリスクは金利動向の一点だが、ステップ3(ファイナンス + ハイイールド債ポートフォリオ)で契約者が負うリスクは金利動向のみならず、ハイイールド債の価格騰落リスクと発行体に対するクレジットリスクの2つを追加で負わねばならないことにある。そして事業で成功した方といえども債券投資について理解があるかどうかとは関係なく、リスクをよく把握しないままに始めてしまう方も多い。
また、たとえば投資家の手取り4%になるように調整されたハイイールド債ポートフォリオは、発行体企業が倒産しない限り満期を迎えるまで4%の利回りを提供する。が、逆にいうと4%止まりなのだ(正確を期すと債券の中には一定期間ごとに利回りが変動するものがあるが、多くはない)。一方でプレミアム・ファイナンスの金利は変動するから、仮にローン金利が5%となると、1%利差損が発生してしまう。この差損を埋めるためには更に多くのハイイールド債をポートフォリオに組み込んでローン金利5%と相殺するようにする必要がある。返済できなければ担保となる生命保険は解約されてしまうからだ。
このようにプレミアム・ファイナンスでローンを組んでいる限り、ハイイールド債ポートフォリオを人質に取られているような状態となる。また昨今のような金利上昇局面では通常債券価格が下がる。そうなると、ポートフォリオの時価は下がっていく。
しかもハイイールド債の発行体企業は倒産するかもしれない。他のアドバイザーのブログにもあったが、ハイイールド債は過去25年で4%、不景気には倒産確率10%程度となる。これを多いかと見るか少ないと見るか。ただ一つ言えるのはプライベートバンクも私たちも、どの会社が倒産せず持ちこたえるかについての千里眼は持ち合わせていない。
このように金利上昇局面では、プレミアム・ファイナンスのためのローン金利は上昇するわハイイールド債を中心としているからポートフォリオの時価総額が下がるわのダブルパンチで。同時にハイイールド債発行体企業のクレジット状況も注視していざというとき逃げられるようにしておかねばならないわ、で到底市井の投資家の手に負えるものではない。
怪しげな運用先
またローン金利上昇で切羽詰まった投資家はプライベートバンクが勧める怪しげなヘッジファンドに投資先を組み替えたりする。
つい先日協業先のプライベートバンクから弊社に持ち込まれたものは、オーストラリアのヘッジファンド会社が提供する利回り5.1%保障のヘッジファンドだ。中身を見てみたら、現物とオプションがそれぞれ70:30で構成され、これに1.8倍のレバレッジがかけられてある。ファンドマネージャーのトラックレコードは確認できず、ファンドサイズはUSD100Mまでとなっていた。もしかしたら期待収益を上げることができ、投資家もファンド側も万々歳で満期を迎えるのかもしれない。しかしこういう野良ヘッジファンドがバーストしていくのを過去何回見たことか。人気のない新興ヘッジファンドは販売手数料とトレイル・フィー(そのファンドを保有し続けることによるファンド側からのバックマージン)が高かったりするのだ。
また「投資中のハイイールド債を担保として」新たな貸出を行おうとするかもしれない。そうなると、ますますプライベートバンクの術中にハマっていき不要なことのために何重もの手数料を支払うハメとなる。
手数料インセンティブが顧客との関係をいびつに
プライベートバンクがプレミアム・ファイナンスを勧めるのには理由がある。当然それは顧客の利益のためではない。銀行の利益だ。銀行が得る手数料収入は、
- 生命保険販売手数料
- プレミアム・ファイナンスの手数料
- ハイイールド債ポートフォリオ管理手数料
- 怪しげなヘッジファンドの販売手数料、トレイル・フィー
となる(最後の手数料はともかく)。ステップ1で止まってもらっては手数料は1.しか発生しない。せっかく捕まえた客なのに、それでは困る。ステップ3まで持っていかねば。それにハイイールド債ポートフォリオは売買を頻繁に行うわけではないため担当者としては手間がかからず楽ちんだ。
楽ちんな上に儲かるなんて、なんて素晴らしいのでしょう(プライベートバンク側にとってハッピー)。
このように、プライベートバンクは顧客との関係の粘着性が高いゆえにあの手この手で手数料稼ぎをする。私には、プライベートバンクが”プレミアム・ファイナンス + ハイイールド債ポートフォリオ”を勧めるのは日本の地方銀行が手数料欲しさに情報格差を利用して外貨建て養老保険を小金持ちに売る構図と一緒に見える。
一般の投資家にとっては、彼らの巧妙なセールストークによってなんとなくオトクな金融商品に思えてくるのだ。確かに金利下降局面ではローン金利が下がり、ハイイールド債のポートフォリオ価値は増大するだろう(債券は金利が下がれば価格が上昇する)。しかしそもそも保険ニーズというのは数十年に渡ることも多く、その期間中には景気の変動がある。景気の変動のせいで当初の保険ニーズがまっとうできず、さらに保険加入前の資産状態から目減りすることになれば一体何のために加入したのか、ということになる。
貸しはがし
もう一つ忘れてはならないことがある。
ローン金利の不払いが原因ではなく、将来貸しはがしにあうかもしれない、ということだ。リーマンショック以来、世界はレバレッジが少ない(デ・レバレッジ、Deleverage)ほうに動いている。象徴的なのはバーゼル3(主要国の銀行監督当局でつくるバーゼル銀行監督委員会の決定)で銀行がリスク資産の査定を厳格化したこと。今後バーゼル4、バーゼル5と続いていくだろうが、もし保険証券の担保価値に対する資産査定が厳格化され、80%だった掛目が40%になったら? 「USD2M貸してましたが、USD1M今すぐ返してください、バーゼルで決まったことなので。返済していただけなければ保険を解約します」などと言われたらどうするのか。 銀行は自己資本比率を高めるために貸しはがしを行うかもしれない。
世界の潮流として、「事業のための金融」には優しく、プレミアム・ファイナンスなど「金融のための金融」には厳しくなりつつある。掛目80%は未来永劫続くわけではなく、監督当局が決定したルールに左右されるのだ。
まとめ
日本では低金利があまりにも長く続いたために金利が数年間で数%も上下するという、日本以外の世界では当然のことが実感として受け入れられていない。結果、金利変動リスクを甘く見積もってしまう傾向がある。また、成功者はレバレッジという言葉に弱い。無借金経営のまま成り上がった人は少数派で、自分の事業を事業融資、レバレッジにより拡大させ成功した人が多いからだ。そういった方には「レバレッジはいいものだ」という無意識の刷り込みがある。甘い金利変動見込み、レバレッジ幻想と相まってこのスキームは事業で成功した富裕層にはウケが良い。
しかし、今まで観察したところこれらのリスクを理解し管理できるクライアントはほとんどいない。あなただけでなく多数の顧客を抱えるプライベートバンカーはあなたのためにリスク管理をしてくれはしない。余計なリスクを抱え込んで当初の目的であった「生命保険を買って安心を得る」という目的を失わないよう慎重に運用プランを練っていただきたい。