タックスヘイブン対策税制の対策。しっかりビジネスするのが一番
タックスヘイブンに法人をただ作っても節税にならないどころか余計なコストがかかるだけ。そうならないように、タックスヘイブン対策税制の基本的な理解と、その例外である「経済活動基準」の紹介。
再生医療を手がける東京のクリニックの院長が、東京国税局からおよそ1億円の申告漏れを指摘されていたことがわかった。
関係者によると、「表参道ヘレネクリニック」の院長は、雇っていた医師2人の給与およそ5,000万円をタックスヘイブン(租税回避地)の1つ、カリブ海のバージン諸島のぺーパーカンパニーの広告費に仮装していた。
東京国税局は、源泉所得税の徴収逃れにあたるとみて、申告漏れを指摘、追徴税額は3年間でおよそ2,500万円にのぼるとみられている。
また、シンガポールに設立した会社を通じて院長が受け取っていた給与など、およそ6,500万円についても申告漏れを指摘したという。
https://www.fnn.jp/posts/00422900CX/201908241221_CX_CX
この件については2つの事件が関連している。
- 広告費を偽装し医師の給料としていたこと
- シンガポール法人で受け取っていた給料を申告しなかったこと
ただ、問題の根っこは同じだ。法人税がゼロあるいは著しく低廉な国の法人については、その地に事業実態がないと日本と同じ税金を課すというタックスヘイブン対策税制における「経済活動基準」を満たしていないのにもかかわらず、所得の申告をしなかったことが問題の根っこだ。このケースでは日本法人はペーパーカンパニーへの広告費は経費として計上しているだろうから日本国としては法人税が圧縮された上、さらに個人の所得税まで取りっぱぐれていたこととなる。
タックスヘイブン対策税制はきちんと知って運用すれば怖くはないどころか、事業全体での合法的な節税効果が得られる。しかし一部の横着な人たちはルールをすっ飛ばして「オフショアにカネ出せば節税(という意識での脱税)できるんだろう?」という意識でいる。このクリニック院長のような方は今も昔も一定数いらっしゃるものなのだ。そういった方たちに共通するのは「外国の税金なんて日本政府は関知しないでしょ」という素朴な感覚だ。
しかしこのクリニック院長のようにナメてかかると今回のように各メディアで報道され、信用問題につながる。このクリニックが失った信用は、浮いた経費と申告しなかった所得を合わせたものよりも大きいかもしれない。
弊社のクライアントにも香港で多くの事業をしている方は多数いらっしゃるが、資産運用よりも先に、タックスヘイブン対策税制についての説明を求められるくらいだ。これだけ海外進出する企業が多いにもかかわらず、驚くべきことに日本の税理士は海外がらみの税制になると相談を受け付けないばかりか「海外進出なんてやめておいたほうがいいですよ」などと言い出す税理士もいる始末だ。
そのような税理士を顧問にしてしまった事業者のためにも、タックスヘイブン対策税制についておさらいをしておきたいが、結論を先に申し上げるとヒト・モノ・カネを現地において腰を落ち着けてビジネスすればいい、ということになる。
この稿では説明をなるべく分かりやすくするため香港や日本の税率で正確さを犠牲にしていることを最初にお断りしておきたい。
タックスヘイブン対策税制がないとどうなるか
まず、そもそもの問題意識としてタックスヘイブン対策税制が存在しないとどうなるかを説明したい。仮に日本法人Aが香港法人Bを100%所有しているとする。香港法人Bに利益100万円が発生するとして、香港の法人税16.5%すなわち16.5万円が香港政府に支払う法人税となる。
この香港法人Bが香港で店舗を持ち人を雇用し売上をたてているのであれば何の問題もない。しかし、仮にこの香港法人Bが実態のないペーパーカンパニーで、日本法人Aの売上を付け替えているだけであれば問題だ。日本法人Aが日本に納めるはずだった税金を、日本政府が取りっぱぐれることになるからだ。
事業者としては法人税は安いほうがいいが、日本政府は本来得られるはずだった税金を他国に持っていかれたのでは国を維持できなくなる。タックスヘイブンの問題が「富裕層が税をさらに安く済ませるなんてけしからん」という単なる金持ちへのひがみの問題にとどまらず、本来得られる税収が少なくなるという意味で国の存立を脅かす問題となっているのだ。
このように、タックスヘイブン対策税制がないと事業者はたかだか年間ランニングコスト数十万円の費用でオフショアに法人を設立して数千万円、数億円と税金を圧縮することができる。これに網をかけるためにタックスヘイブン対策税制が存在する。
タックスヘイブン対策税制を気にしなければならない人/法人とは
タックスヘイブン対策税制の対象となるのは
- 直接/間接に株式を50%保有している日本居住者あるいは日本法人
である。また現地(たとえば香港)の税率が20%未満の現地法人が対象となる(ペーパーカンパニー等についえは30%未満)。すなわち直接/間接に株式を49%しか保有していなければタックスヘイブン対策税制は関係ない。また「間接に」保有している場合も含まれるので、連鎖的に株式を保有している場合も適用される。
香港法人を前提として、オーソドックスな例をあげてみる。
タックスヘイブン対策税制にかかると、日本の法人税を支払う
タックスヘイブン対策税制に該当すると、原則として日本の法人税を仕払うことになる。香港の場合はまず香港の税率で香港法人が香港に税金を収め、日本には日本の税率と香港の税率との差分を支払うこととなる。
日本と香港のように租税協定が結ばれていれば法人税が二重にかかることはなく、最大でも日本の税金分を納めればいい。
これが原則だが、4つの経済活動基準をすべて満たしていればこの原則の例外となる。すなわちタックスヘイブン国の日本側で課税されることはない。
タックスヘイブン対策税制における4つの経済活動基準とは
2017年に改正されるまで、この4つの基準は「適用除外基準」と呼ばれていた。すなわち「タックスヘイブン対策税制の適用を除外する」イコール日本側で課税されることはないというものだ。その4つの基準とは
- 事業基準。メインの事業が資産保有会社でないか
- 実態基準。事務所や店舗、工場などの固定施設をがあるか
- 管理支配基準。事業運営において本社の影響力がどれくらいか
- 非関連者基準。取引先がグループ会社でないか
である。これらの基準を1つ残らず満たしていれば日本側で課税されない。1つずつみていこう。
1. 事業基準
香港法人Aが有価証券や特許、航空機リースをメイン事業としていれば基準を満たさずNGだ(=日本側で課税される)。航空機リース会社についてはかつては事業基準を満たさないとされていたが2017年の改正で緩和され、特例が設けられて航空機リースをしていても事業基準を満たす可能性が出てきた。
2. 実態基準
現地に事務所、店舗、工場など固定設備があればよい。BVIやケイマン諸島に会社を作ったところで、BVIやケイマン諸島現地に事務所や店舗を構えることはないだろう。一番最初の例に出したクリニック院長がもしBVIにご自身の広告会社を持ち、営業していたなら実態基準を満たす可能性もあったのだが。
なので節税目的でBVIやケイマン諸島にペーパーカンパニーを作ったとしても実態が伴わない限りこの基準を満たすことにはならず、節税にならないどころかランニングコストがかかるだけで無駄である。
3. 管理支配基準
現地法人が親会社である日本法人の指図を受けることなく独自の判断でオペレーションをしているかという基準。日々のオペレーションまで日本側の指図を受けるようであれば、もはや独立した法人であるとはみなされない。
4. 非関連者基準
たとえば本社が製造業だとして、本社で取り扱う部品を仕入れる役割があったとしよう。すなわち取引先が親会社だけという状態だ。この状態であれば、非関連者基準を満たさない。取引金額総額の50%超が資本関係のない会社、個人である必要がある。
以上の4つの基準を満たして初めて経済活動基準が充足し日本で重ねて課税されることはない。
現地でヒト・モノ・カネを使って実態のあるビジネスをすることが一番
「香港に法人作ったら節税できますか?」という直球の質問にはこう答えることにしている。「ヒト・モノ・カネを持ってくるのであれば、できなくはないですよ」と。
タックスヘイブン対策税制が存在する以上、BVIなどのタックスヘイブンにただ法人を作っただけではなんの節税にもならないことがおわかりいただけただろうか。彼の地に法人を作っても施設を作らなければ上記4つの経済活動基準のうち2.実態基準を満たさず、また現地で実際にオペレーションをする人ヒトがいないといけないし、そのヒトが働く施設(モノ)が必要で、それを維持するにはカネがかかる。
香港の会計はシンプルで、売上さえ上がっていれば経費算入はかなり寛容になる。日本で落ちにくい経費をも落とすこともでき、その点で「節税」ということが言えなくはない。ただし、その運用には専門家の助けが必要だ。何十万円の売上ならともかく、大きくなってきたら早めにご相談いただくことをオススメする。