投資家から見たIPO(上場)の意味を考える

経営者と投資家がそれぞれの立場から目指すIPO(上場)。IPOの抽選は魅力的だが、大型のIPO案件の末路を見ることで投資に伴うリスクも理解する必要がある

独立系フィナンシャルアドバイザーとして仕事をする中で、経営者の方々、また、起業をした方によく会うので、そうした方々との会社を通じて感じたことを、私なりの視点からInitial Public Offering(上場)について少し記事を書いてみたいと思います。

そもそもIPOは経営者が目指すものなのか、投資家が目指すものなのか

個人的な結論は「経営者が目指すものから、投資家が目指すものにシフトしつつある」であろうと考えています。学生時代、私が経営学を学んだときの答えは、上場は経営者としての成功の証だ、というメッセージでした。もちろん当時から、会社は経営者のものか、株主(投資家)のものかという議論そのものはありましたが、少なくとも上場するまではやはり経営者が主体になってくるというイメージが強かったです。一方で、この十数年の間に、いわゆる”未上場株式”への投資の門戸は、随分広がってきた印象があります。プライベートエクイティやベンチャーキャピタルという言葉も人口に膾炙しました。それにより起こった社会の変化としては、起業家が投資家から資金を調達しやすくなった、つまり起業しやすくなったと同時に、起業家が自らの資金で起業することが相対的に少なくなったと言えるのではないでしょうか。それにより、「投資した会社を上場させることは投資家としての成功の証だ」に変わっていったと考えています。

ベンチャーキャピタル等投資動向調査(2018年度版速報) – 一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター

企業経営において経営権(コントロール)というのは企業の未来を考える上で非常に重要なファクターです。経営者自身の資金で始めた企業なのか、投資家の資金で始めた企業なのかでその企業の行き先は大きく異なってくるように感じます。投資家にとっては、企業が成功し、すなわち株式価値が上昇し、そして高値で売却できることが目標ですから、確実に売却できるIPOは出口戦略として有望であることは言うまでもありません。

自由な裁量でビジネスをしていたいのであれば上場しないことも選択肢

弊社AMGは2000年に創業をしているので、ベンチャーの枠にはまるには若干遅い気がしますが、それでも上場するかどうかというのは社内で度々話に出るようです。一方で、上場してしまった場合、収益重視の経営に切り替わって、顧客本位の経営ができなくなるのではないか、といった現場からの声もあります。上場すれば、それだけ”箔”はつくし、何より企業としての資金調達能力が格段に増し、事業拡大のスピードは格段に上がることは想像に難くありません。

少ない統計で偏っているかもしれませんが、仕事を通じてお会いする経営者の方々に、「御社は上場するつもりはありますか」と聞くと、「あまり必要性は感じない」という答えは実は多いです。それはやはり上場をすると株主構成が日々変わることによって、組織としての意思決定が柔軟ではなくなり、やりたい仕事はできなくなるからだといいます。

玉虫色の回答にはなってしまいますが、結局は企業経営の目指す先がどこかにもよるのでしょう。上場しないからといって儲からないわけではないですし、上場していないからといって、会社が手放せない(=出口がない)わけでもないのですから。

どこまでいっても経営者は経営者、投資家は投資家であることを忘れない

経営者と投資家が「目標」を共有して仕事できる瞬間は確かにあります。ただし、「求める結果」は異なることが多いですね。投資家はどこまでいっても「投資資金の回収と利益」です。経営者はもちろん人にもよりますが、やはり「やりたいことがあって経営者をやっている」ことの方が多いような気がします。

投資家は数多くの経営者を比較し、そして成功体験を持っている立場からいいナビゲーターにはなるものと期待できます。ただし、いわゆる墓場まで一緒に行く存在ではないのだという意識を心の片隅に置いておくことは重要かもしれません。場合によっては投資家の入れ替えも検討した方がよい局面も来るでしょう。

IPOの抽選に当たって株式が買えるのはラッキーなのか

さて、もう少し一般投資家に視点を移してみます。ひと昔前には、「IPO時の株式は百発百中だ(必ず上昇する)、だから抽選に当たりさえすればボロ儲けなのだから、申し込みは誰でもやった方がいい」という話をする人が現れたことを私自身覚えています。

ただし、今はそうではないという認識がまた広まりつつあります。IPOは売出しに関わる証券会社としても大仕事なので、間に入って大きな宣伝を打ちます。抽選というシステムもまたその一つです。それなのに、一般投資家がそもそもその企業の株式がいくらで取引されるのが妥当なのかを判別することは非常に難しいです。「A社の株式が1株1,000円で売り出されます」と言われたとき、1,000円は安い!あるいは高い!と反応できる人が世の中に一体どれだけいるでしょうか。よく分からないけれども、某証券会社が1,000円で売れると言っているのだからきっと安いのだろう、と安易に考えていませんか。IPOの抽選は安値から始まるオークションではありません。

IPOは一般投資家に責任を押し付ける行為なのかを具体例で考えてみる

皆さんもいい企業の株式を持っていたいと思うように、機関投資家と言われる大口の投資家も同じことを考えています。機関投資家はターゲット企業が上場していなくても、企業価値を計算することができ、そして株式の売買ができますから、いい企業だと思えば一般投資家よりも先に買いに走ります。そういう意味で、一般投資家に募集がかかること自体が機関投資家として売り抜きをしたいという意思表示の現れでもあります。いくつかIPOの例を見てみましょう。

日本郵政のIPO

2015年11月4日、日本郵政3社(日本郵政、ゆうちょ銀行、かんぽ生命)の株式が新規公開となったとき、売出価格を大幅に上回る好調な滑り出しだったことが印象に残っています。初回の売り出し総額は1兆円~2兆円でした。一方で、足元のかんぽ生命保険の不正販売問題などで、日本郵政の株価は低迷していますが、IPO当初はやはり良い株式だと認識されていたことは事実でしょう。

日本郵政、個人に95%販売 投資家の拡大と安定株主化目指す – ロイター通信

ウィーワークのIPO

2019年9月、共用オフィス「ウィワーク」を運営する米ウィーカンパニーがIPOを延期したことは大きな騒動となりました。コーワーキングスペースでの存在感をみるみると増したウィーワークは高すぎるIPO評価額(470億ドル)のために、ニューマンCEOは辞任し、経営方針を大幅に変更することになりました。

米ウィーワークがIPO撤回、中核事業に注力し財務改善 – ロイター通信

サウジアラムコのIPO

2019年11月、サウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコが上場しますが、目標評価額は2兆ドル、今回の調達額は最大2.8兆円となる見込みです。史上最大とも言われるIPOですが、当初米国やカナダで想定していた上場ではなく、まずは国内投資家向けに売り出すことを掲げているのが印象的です。石油という手堅い収益源を持つ企業がなぜわざわざ一般投資家を募る必要があるのか、今後のニュースにも少し注目です。

サウジアラムコの評価額、皇太子が掲げた2兆ドルに届かず – Bloomberg

規模の大きなIPOは、一般投資家以外に買い手がいないことの現れでもあります。企業戦略として株式公開で得られるメリットが大きいと考えるとき以上に、既存の投資家が保有株式を何とかして高値で手放したいという背景があるときには、IPOは一般投資家にとってはリスキーになり得ることは認識しておく必要がありそうです。

最後に

このようにIPOは経営者、投資家それぞれの視点で非常に大きな節目になってきます。これを聞くと、投資はやはり面倒だとか、何を考えればいいのか分からなくなった、と匙を投げたくなる人もいるかもしれません。それでもあえて言うならば、「企業名を知っている、有名だ」というのは投資における判断基準の一つではあっても、それだけでは投資成果はついてきません。可能な限り知識をつけて、そしてアドバイザーや投資メンターとよく相談をして、リスクの洗い出しをしながら投資に臨むことが大事です。また、香港でIPOを検討される方がいらっしゃいましたら弊社AMGにもご相談いただけたら幸いです。

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