ロボアドバイザーに運用を任せるなら
ロボアドバイザーに任せるのはいいけれど、バイ・アンド・ホールドしておかないと儲かりにくい。ロボに任せたはずなのに、自分の投資戦略を持ち込むと大体は失敗する。
先日の他のアドバイザーが書いたブログでちょっと思い出したことを書いてみます。
ETF + ロボアドバイザー
ロボアドバイザーとは、投資家のリスクレベルに応じてAIが自動で運用先を選択してくれる、というサービスだ。口座開設から運用指示まで、すべてオンラインで完結できる。人間が介在しないだけに、手数料が安く、通常人が対応するサービスは年間1.0% – 1.5%だがロボアドバイザーは0.25% – 0.4%となる。そのロボアドバイザーが運用に使うのはETFである。まずはETFをご存知ない方のためにETFを簡単に説明しておきたい。
ETFは様々なインデックス(指数)、たとえばダウ平均や日経平均などの指数に連動するよう設定された投資信託だが、ETF自体が上場しているので株式と同じようにETFを売買できる。
たとえばダウ平均に連動するETFであればダウ平均を構成する30種類の株式に合わせて株式を買う。ふつうの投資信託につきもののリサーチチームがいらず、低コストで投資信託運営が可能となる。この「指数に合わせるだけ」という投資態度を「パッシブ運用」という。それに対して「指数を上回ろうと努力する」投資態度を「アクティブ運用」という。
たとえばチャールズ・シュワブのSchwab U.S. Broad Market ETFは年間の手数料0.03%だ。すなわち100万円預けて300円の手数料となる。たとえばアメリカ株に投資をする同じような投資信託でアクティブ運用するものであればその手数料はたとえば年間1.5%、実に50倍の手数料となる。インデックスに追随する安い手数料のETFか、市場を出し抜く可能性はあるが手数料の高い投資信託かという構図だが、アクティブ運用する投資信託は長期でみるとインデックスについていけないことが統計上明らかになっており、アクティブ運用型は分が悪い。また先進国のように株式市場が成熟していると、情報は瞬時に市場に織り込まれ、インデックスを出し抜くのは非常に難しい。新興国であればパッシブ運用よりもアクティブ運用が優勢となるところもある。
2016年時点でアクティブ運用型の投資信託には10兆ドル、ETFなどパッシブ運用型の投資信託には6兆ドルの資金が運用されている。この点からするとアクティブ運用型のほうが多いが、20年少ししか歴史のないETFが急激に運用残高を伸ばしている。世界の株式市場を全体でみると、25%程度がアクテイブ運用型の投資信託や機関投資家が保有し15%がパッシブ運用型の投資家が保有していることとなる。しかし下のグラフのようにアクテイブ運用型は昨今運用資金をパッシブ運用型に食われており、この傾向は今後も続く。
ここ10年間でアクティブ運用型の残高はそっくりそのままパッシブ運用型の運用残高となった
アクティブ運用型はパッシブ運用が「我々のリサーチの成果にタダ乗りしている」と非難する。アクティブ運用が日々リサーチの精度を高めてより良い運用をするべく立ち向かった結果をそっくりそのままパッシブ運用がコピーするからだ。しかしこの批判は的外れだ。パッシブ運用はインデックス全体をコピーしているわけであって「その」アクティブ運用の運用成果をコピーをしているわけではないからだ。
ETFは株式と同じで売買の取引相手が多ければ多いほど売買のスプレッドが薄くなり、逆に取引相手が少なければ売買スプレッドが開く。投資家にとってはいつでも売買できる(すなわち流動性がある)ことは魅力のひとつなので、自然に運用残高の多いETFがより多くの資金を集める。逆にいうと運用残高の少ないETFを売ったり買ったりしていると、スプレッドだけでアクティブ運用型の手数料分は持ち出してしまうことになるから注意が必要だ。
こういったETFの急伸の背景には、投資家とETFを結びつけるロボアドバイザーの台頭がある。かつては証券マンやファイナンシャルプランナーが販売していたのが、オンラインで簡単なリスクプロファイルをして口座を開設し、ロボットすなわちAIが資産の振り先を決め(たとえば株式70%、債券20%、コモディティ10%など)、マーケットの状態に応じて振り先を自動的に振り替えてくれる。すなわち一度ロボアドバイザーで口座開設をしてETFを買えば後ほったらかし、しかもそれが全てオンラインで完結する。さらに煩わしい営業とは無縁でいられるし、何より手数料も安い(年間0.25% – 0.4%)というのがロボアドバイザーのいいところだ。さらに感情のないAIが資産の振り先をアルゴリズムで自動的に決めるので、人間が本来持つ欲望や恐怖から自由でいられる、という点だ。投資家自身が恐怖に負けない限り、ロボアドバイザーはが恐怖に負けることはない。
株や投資信託を買ってそのまま持っておくことを「バイ・アンド・ホールド」という。Buy And Holdといこの単純な戦略は、個人投資家に向いているとされる。何の知恵も使わないETFを買って、何の知恵も使わずただ放っておく。それが個人投資家が株式市場に立ち向かえる有効な手段だとロボアドバイザーを提供する証券会社は言う。どのロボアドバイザー業者も同じような売り口上なのが面白い。
資産運用を簡単に。後は私たちロボに任せて、あなたは好きなことをしていてください
しかし、2月上旬の株式市場の動揺で、ある事実が明らかになった。
先月上旬の株式市場の急激な下げで、大手のロボアドバイザー専業業者のウェブサイトはもちろん資産運用業界の老舗、フィデリティのウェブサイトまでダウンした。
これら報道によると、資金を預けている投資家が急いで運用しているポジションを手仕舞おうとしてログインそして売り注文が殺到したことによる。「手数料の安いETFで運用資金の振り向け先もロボに任せっきり」というのがロボアドバイザーのメリットであったのに、個人投資家は市場の上下に敏感に反応して資産を引き上げたりしているということが明らかになった。すなわち上記の売り口上にあわせると、「資産運用をロボに任せていない」実態が明らかになったのだ。もちろん、これらの顧客全員が運用口座から資金を引き出そうとしたわけではないだろう。しかしサーバーがダウンするくらいのインパクトがある人数が殺到したわけだ。
恐怖のコスト
表向きはサーバーのクラッシュということだが、この事実が示唆するところは大きい。資産運用の煩わしさから開放するためにロボアドバイザーで運用をすることを選んだのに、なぜあえてその煩わしさに自ら飛び込んでいくのか?
行動経済学の泰斗、ダニエル・カーネマンは「人間は利得よりも損失の方が2倍強く感じる」という。すなわち100万円を投資して110万円になった嬉しさと、90万円になったときの悔しさの心理的インパクトは2倍違うことになる。利得を得たそれだけ人間は損失回避の傾向は強い。そして、市場が回復し始めるとあわててマーケットに入っていくことになるが、プロでも難しいマーケットタイミングを市井の投資家が片手間でできるわけがない。通常、こういった感情的な取引でかかるコストは年間5%といわれる。怖くなったから資金を引き出し、欲が出てきたらおそるおそる資金を注入するというやり方は、いかにETFやロボアドバイザーがいくら手数料を安くしてもムダだ。人が恐怖や欲望といった原始的な感情に打ち克つのはかくも難しい。
今回の株式市場の急落で恐怖にかられて行動することがどれだけコストのかかることなのか、ふつうの投資家は自分の投資行動を振り返って緻密に検証などしないし、遅かれ早かれ忘れ去られる。
また、ロボアドバイザーにそこまでの信頼を寄せてないがためにポジションの手仕舞いを加速したのかもしれない。本来はデータの塊である株式市場とコンピュータの相性はいいが、突如として暴走するイメージがある(たとえば1987年のブラックマンデーを招いたポートフォリオインシュランスから、昨年7月の超高速取引が引き起こしたフラッシュ・クラッシュまで、コンピュータはたびたび市場に厄災をもたらしている)。実際、ロボアドバイザーの一口座あたりの運用残高はUSD40,000を下回る程度である。古典的なファイナンシャル・アドバイザリー・サービスでは桁一つ違うから、そもそもロボアドバイザーのサービスを利用している層は投資原資の少ない層かあるいは投資原資があっても様子見しているアッパー層ということになる。
バイ・アンド・ホールドできる投資家は実は少ない
このように、生身の人間がいかに高度な運用を技術を安い手数料で駆使したとしても実際には恐怖で狼狽し、リスク資産を売ってしまうのが現実だ。買って、ただ持っておくバイ・アンド・ホールド戦略は単純そうにみえるが、この戦略は投資家自身が恐怖を克服した上で成立するので、言葉の響きよりずっと難しい。ニュースは刻一刻と市況の悪化を伝えるし、投資家は逃げ遅れまいとネガティブな情報に過敏に反応してしまう。数クリックするだけで荒れる市場から撤退して手元にキャッシュという「安心」が手に入るのに、それに抵抗できる人間はどれだけ存在するだろうか。
もっとも、バイ・アンド・ホールド戦略が未来永劫無敵かというとそれは誰にも分からない。この戦略に懐疑的な投資家は「第二次世界大戦後のヨーロッパ、アメリカそして日本という広大な経済フロンティアが存在し、過去数十年はその成長に乗っかってこれたが今や先進国も借金漬け、唯一成長している中国ですらも借金漬けである。これから借金がバーストし単純に買って持っておくだけでは良いリターンは得られない」と。
こういった考えは理解できなくはないし、個々人で経済観・投資観は違うのだから個々人で納得いくやり方で取り組めば良い。ただ基本的な運用スタンスはあまり動かさないほうがいいかもしれない。平均的な個人投資家であれば、すなわち資産運用にかける時間が限られている方であれば単純なバイ・アンド・ホールド戦略がもっとも有効だ。これはもっとも稼げるという意味ではなく、経験の少ない個人投資家が陥りがちなバイアス(今回のような悪いニュースを聞いて投げ売りしてしまう、など)を極力排除しようという戦略だからだ。
「インデックスについていくだけの低コスト投資信託」というETFや「感情の介在しないAIに運用を一任する」というロボアドバイザーは「低コスト」「ほったらかしで楽ちん」という投資哲学を代弁している。しかし、投資家レベルでこれらの運用方針と整合性のとれない方針を採用すると、すなわちタイミングを見て運用口座から出したり入れたりすると「投資してもなかなか儲からない」という状態に容易になるだろう。このことに気付いていない投資家はけっこう多く、残念なことにご自身の投資態度を省みることはない。
運用に用いるツールと自分の運用戦略は十分にすりあわせて実行することが肝心だ。