海外での信託設立に関する7つの疑問
信託というサービスは何をもたらしてくれるのか。特に海外信託の設立に関しては知見が少なく、誤解されやすいので、よくある7つの疑問にお答えします
富裕層担当アドバイザーの宮脇健です。「信託」という言葉を聞いて、提供されるサービスに馴染みのある人はどれくらいいるでしょうか。今回は、海外での信託設立に関して、お客様がよく抱く疑問を7つ紹介したいと思います。
1 信託という言葉が様々な意味を持っているような気がするのだが気のせいか
信託という言葉で一番連想しやすいのは何でしょうか。近年であれば、「投資信託」という言葉が聴き慣れているような気がします。一方、「家族信託」であったり、「生命保険信託」であったり、あとは「信託銀行」であったりという使われ方もしています。そのうち情報を信託することもできるようになるかもしれませんね。
確かにどれも信託ではあるのですが、投資信託のように、信託したつもりはないのだけど…というケースすらあり、共通している部分が随分見えづらいですよね。あえてまとめるなら、
信託は入り口ではなく、信託する”資産”が先に必ずある
ということかと思います。ただ、たとえ「資産を信託する」という行為が同じであっても、その信託するプロセスとその法的な意味合いが国によって異なってくることはありますので、次のポイントでお話しします。
2 日本の信託と英米法における信託=トラストの違いはあるのか
英米法におけるトラストを日本語に訳すと信託だ、というのは間違っていないのですが、英米法、つまりコモンローの世界で想定するトラストと、日本のようなシビルローの世界で想定する信託というのは同質ではありません。法体系が異なっているため、信託の持つ機能が異なっています。日本も信託に関する法整備が進んでいるとはいいますが、そもそもの骨格の部分が異なるというのは、最終的に両者が同じになることはないことを意味しています。
この投稿の読者に認識していただきたいことは、
信託とトラストは別物だ
ということです。なので、海外のトラストに関する記事を読んで日本の信託について知ったことにはならないし、日本の信託について読んで理解しても海外のトラストが理解できたことにはならないのです。厄介なのは似ているところはそれなりにある、ことですね。あえて何が違うのか、という話は長くなるのでこの記事ではしませんが、両者が異なる以上、信託を検討するときには信託とトラストの両方を検討することが適切だと思います。
もし日本で生まれ育った人がいれば、自然とシビルローの世界で生きていたことになりますから、コモンローの発想を理解することだけでも一苦労かもしれません。どちらが優れている、というものでもなくて、それぞれに特徴がある、という類の話なのです。
3 海外投資をするときに信託が登場するのはなぜなのか
信託の本来の役割は、お客様の資産の管理にあります。一方で、銀行のように、とりあえず預けてから考えてみよう、ということはあまりないのが現実です。最初に述べたように信託は入り口ではありません。信託というのはあなたのエージェント(代理人)ですから、”役割”を与えてあげる必要があるのです。つまり、まずはお客様の資産ありきで、その一部ないし全部を「信託」する意思決定をすることになりますから、信託というのは資産の保有のための「ツール」として認識するのが良いでしょう。したがって、例えばお客様の資産を海外で運用したい、あるいは海外のうちどこか一箇所にまとめて管理しておきたい、といったニーズが先行し、その結果として適切であれば信託という選択肢が現れてくるという流れです。
4 節税になるのは海外法人なのか、海外信託なのか
投資をする上で非常に重要なのは税金の観点です。投資には、利息なのか配当なのか、キャピタルゲインなのか、そしてその実現のタイミングはいつなのか、など税金に大きく影響する要素があります。もちろん税務申告はきちんと行うことが大前提であるので、そのためには税金がいついくらかかる見込みなのかを知ることは大事であって、結果として投資の意思決定に影響を与えます。
もう少し税金の安いところで事業や投資をしたいと思うこと自体は自然な発想です。そうでなければ世界中の国が同じ税制を敷いているはずですから。複数の国にまたがって活動するとき、税金面に限った話ではなく、どのような形態で行うのが良いかは検討する必要があります。そこで、しばしば質問が出るのは海外法人はどうしたら設立できるのか、あるいは海外信託を設立した方が良いのか、です。
答えは極めてケースバイケースであって、意思決定にあたってリーガルアドバイザーやタックスアドバイザーについてもらった方が良いケースすらあります。もしざっと答えることを許されるのであれば、海外で事業をしたいのであれば海外法人を、海外で資産を管理したいのであれば海外信託を、ということになりますでしょうか。当たり前といえば当たり前ですね。ただ、それも香港で設立した方がいいのか、他の方がいいのかということも関わってきます。
5 信託を設立することで可能になる投資は何か特別なのか
信託には色々と種類があります。先に述べたように、信託とはいわばエージェント(代理人)なので、どのような範囲で何をさせるのか、を決めてあげなければなりません。それがトラストを通じて投資をしたいのであれば、あなたが出会ったトラストがそのサービスを提供しているのかどうかを確認する必要があります。銀行によっては保険を売ってくれるところもあればそうでないところもあるように、信託を設立すれば投資ができるのではなく、あなたの思う投資ができる信託を設立する必要があるのです。日本の信託銀行を利用するケースも、利用したがためにその後の投資の選択範囲を限定されるケースがあるようです。もちろん信託することは大事、でもその上で何ができるのかも大事、ということになります。
6 信託=プライベートバンクなのか、そして利回りの高い投資ができるのか
多くの資産を持つ富裕層が信託を利用するため、そしてどちらも資金を管理するという側面において、信託とプライベートバンクは似たようなサービスだという印象を受けやすいです。ただし、信託とプライベートバンクは異なるサービスであり、ライセンスも異なります。また、トラスト会社そのものは投資のプロではありませんから、投資アドバイザリー業務に携わる者が間に入って、投資の面倒を見るというのが一般的です。その意味で、信託そのものに対して利回りの高い投資で運用をして欲しいという要望をしても叶いません。一方、ウェルス・マネジメント会社自体はトラストのライセンスを有するトラスト会社でないことも多いです。そのため、お客様の投資のスタイルによって、信託を設立した方が良いケースがあれば、信頼できるトラスト会社をご案内し、お客様とトラスト会社、そして私、ウェルスマネージャーが3者間でアレンジをすることになります。
ちなみに、香港におけるトラストのライセンスを有する会社はこちらで確認ができます。
また、香港トラスト協会も存在します。
ただし、先に述べたようにどのトラストがどういう業務をしているか、またどういう顧客層を取り扱っているかは聞いてみるしかありません。頼めば何とかしてくれるかもしれないけれども、やっぱり専門分野というのがあるという意味で、日本の弁護士さんに近い側面があるのです。
7 信託を設立するのはお金持ちだけなのか、そしてお年寄りだけなのか
信託と遺産相続は非常に密接に結びついていることは事実です。信託とはいわば遺言書のようなもので、財産分与に関しての指示そのものになり得ます。したがって、資産が多いほど、年齢を重ねるほど、遺産相続に対する意識が高まることもまた然りです。ただし、そうでなくても、以下の3点からして誰しもが利用する可能性があります。
資産を増やすという観点で有効
先に述べたように、信託は脱税のスキームではありませんから、税務的かつ法律的にクリアな状態で設立を進めることになります。信託側も国際間の共通基準報告(CRS報告)は必要です。ただし、財産を個人で保有する場合に比べ、税金の繰り延べ効果を期待できる場合があるので、資産を増やすという場合には有効です。
資産の保護という観点で有効
信託した財産をもちろん分配しきることも可能ですが、資産をずっと残した上で、利益部分だけを分配したりということも一つの使い方です。ご自身が蓄積した資産を、お子さんの代、孫の代、ひ孫の代にまでちゃんと行き渡るように面倒を見るのが信託の役割です。
争族を防ぐ観点で有効
遺言書はいつ書いたのか、誰に唆されて書いたのではと揉めることがあります。もちろん遺言書には相応の法的拘束力がありますが、場合によっては効力をしっかりとは発揮しません。信託を設立すること自体は決してハードルが高いわけではないのですが一方で、契約の過程でしっかりと証拠が残りますし、「全財産」という曖昧な言い方で信託するわけではないので、係争になることは防ぐことができます。希望する財産の行き先が家族だけに限らず、チャリティであったりお世話になった人であったりする場合にも有効です。
最後に
ここで挙げた7つの疑問はお客様が入り口のところで非常に誤解しやすいところです。信託そのものも、法的に非常に強い意味合いを持っていますので、「投資をするときの書類に混ざっていて、なんとなくサインしてしまった」ということがないようにしていただければ幸いです。