国家安全法下でのあなたの香港ビジネスはどうあるべきか

香港ですでにビジネスをしている方のための、国家安全法サバイバルガイド。

今回は香港ビジネスのお話。

弊社のクライアントには、少なからず香港で起業された方や香港経由でビジネスをされている方が少なからずいらっしゃる。たとえば13年間アドバイザーとしてお仕えしているMさんはかつて中国で金型ビジネスをして成功された。いったん事業は売却したものの、まだ香港に現地法人を保有し管理してらっしゃる。またKさんは中国に衣料品OEM(製造委託)をしているため香港内での決済が欠かせず、今後も香港をハブとして利用し続けなければいけない。

それぞれ事情は異なるが、香港でなんらかのビジネスをされている方にとっては今回の国家安全法のインパクトが一体どれくらいのものになるのか、測りかねている方もいらっしゃるだろう。

そこで、現在香港で何らかの法人オペレーションを行っている方から頂いた質問の中から3つピックアップして回答していきたい。

1. 香港に現地法人を置き続けるリスクは?

業種による。

製造業であれば、特に政治的なメッセージをその製品に埋め込むものでない限りは何の問題もないだろう。たとえば上記Kさんが中国の工場にTシャツをOEM(製造委託)し、決済手段で香港法人を使い続けたとしても特にリスクはない。いきなり憲兵がドアを蹴破って入ってくることはない。

また、地域統括会社のように香港を起点として様々な事業に出資するような場合でも特に問題はないだろう。結局は中国市場にアクセスするためには日本からの直接投資よりも香港経由での間接投資のほうがルールや手順が大幅に楽になる。こういった事業投資スキームに政治的な色合いはない。

しかしリサーチや報道、アカデミックな事業においては注意が必要になる。実務レベルで是々非々を経て出来上がった法律ではないため、いったい法律適用にあたってどれくらいの政治色が出るのか分からない。国家安全法は象徴的なタイミング(香港返還記念日である7月1日に日付が変わる1時間前)に中国語のみで交付されたため、単に香港のデモや民主化運動に対してのみ強硬な手段に出るのか、それとも香港でふつうに仕事していてたまたま中国政府に対して批判的な物言いをしただけで逮捕されるのかまでは分からない。

分からない、ということ自体がリスクなので慎重になる。日本の地銀なんかは香港に連絡事務所を置いているが、リサーチとはいっても内容が政治的に敏感であればあるほどリスクは高まるだろう。

とはいえ、今の段階では、明白かつ差し迫った危機がなければリロケーションは考えなくてもよい

香港がこれだけ急激な発展を遂げたのは、法の支配や司法の独立など西側諸国にとって馴染みのある概念がインストールされていたからだ。今回の国家安全法で多くのビジネスパーソンがうろたえているのは、香港の法の支配がまだ有効なのかに疑念を抱かせるに十分なインパクトがあったからだ。

民事なら契約書に書いたことは守られるのか。判決に従って強制執行はされるのか。刑事なら被疑者となった場合に公平な裁判を受けられるのか。こういったことへの信頼を揺らがせたことは間違いない。

とはいえそれが目の前に迫った危機ではなくそれが単なる「漠然とした不安」であり、日常風景は特に変わらない。この状態で、今すぐコストをかけてシンガポールなどにリロケーションするのも馬鹿らしいだろう。

香港でのビジネスメリットを考えると、ほとんどの業種によってはまだまだデメリットよりもメリットのほうが多い。今の段階で「すわ、リロケーション!」と考えるのは時期尚早だろう。

2. 香港ドル⇔米ドル兌換におけるリスクは?

香港は市中流通している香港ドルの6倍の米ドルを保有している。アメリカが香港政府がもっている米ドルを無理やり引っ剥がすことができない以上、米ドルに裏打ちされた香港ドルの兌換は、香港政府が決めることであってアメリカが決められることではない。また、国家安全法の施行以降にめだった資金流出も起きていないことをみると、米ドル兌換は盤石だろう。

ただし。

アメリカが香港に対し、北朝鮮のように「悪の枢軸」扱いして香港の金融機関とのドル決済を禁じることとなったら、香港経済は間違いなく即死。また中国は香港を中国企業のIPOや社債調達の場として活躍してほしいわけだから、中国企業にとっても大きなダメージだろう。

そして、香港にはアメリカの大銀行が軒を連ねており、資金調達やM&Aその他の金融ビジネスでガッポガッポと稼いでいることもありウォールストリートにおいても大打撃だ。三方良しの反対の三宝悪し。

そんな誰もが傷つくメガトン級の悪手が繰り出されるとは想像しにくい。実際ニュースでも、極端に保守的な論調のメディアの、コラムレベルでそういう主張があるもののメインストリームではない。

3. 個人として、香港を行き来するリスクは?

まず中国・香港国外で、たとえば日本で国家安全法に反する発言をしたとしても、日本と中国の間には犯人引き渡し条例は締結されていないので犯罪人が移送されることはない。また中国と引き渡し条例が締結されている国でも、政治犯は引き渡しの対象外とされている場合が多い。なので中国・香港国外にいる間は何を発言していても、それが発言している国の法律に違反しない限り問題になることはない。

しかしいったん香港に入れば、気をつける必要がある。集会やデモには参加しない、オンラインでの発言には気をつけるなどの工夫が必要だろう。

ところで中国にももちろん国家安全法に相当する法律はあるが、中国でビジネスをするときに果たしてどれくらいの方がそれを意識しただろうか。全く意識しなかった、あるいは少しは意識したが中国の悪口はよそうと考えたくらいじゃなかろうか。

中国大陸内よりも香港における言論弾圧が厳しくなるとは考えにくいので、中国大陸に対するのと同じスタンスで香港を行き来すれば十分だろう。

まとめ

一アドバイザーとして弊社のクライアントには可能な限り有益な情報を報告していきたい。また、クライアントからもドシドシ質問していただきたい。最後に、この問題を考えるにあたって思考の補助線、レイヤを私なりに身近な順から引いて香港でビジネスする方と共有したいと思う。私も香港でビジネスをする人間の一人なので、この問題について無関心ではいられないからだ。

個人レイヤ

中国でビジネスをしてきた方なら中国において表現の自由の制限については身をもって感じてらっしゃるかと思う。デモや集会に参加しない、公の場で反中国的な発言をしないということが前提となる。

仕事で香港を行き来することになったなら、少なくとも香港内ではある種の緊張感を持たねばならない。中国系SNSやブログに投稿する内容にも気をつける。

法人レイヤ

リサーチなどパブリシティ絡みの事業であれば、注意する必要。役員のように事業に責任を負う者であればなおさら。もし日本企業の子会社として香港現地法人を立てているなら、香港事情に不慣れな社員を日本から送って現法社長にするよりは、香港在住の人間を現法社長にし親会社(本社)と疎結合にしてポリティカル・リスクは回避する、みたいなモデルも検討する。

香港レイヤ

ビジネス・インフラとしての香港の魅力は一朝一夕に誰も真似できない。法律、税、その他制度上のメリットを総合的に勘案する必要がある。「一国二制度の崩壊」みたいな言葉は確かにパワーワードだが、それによって香港の何が失われたか・失われていきそうかを見極めていく。脊髄反射的にリロケーションしても、だいたい失敗する。

グローバルなレイヤ

中国の成長が減速するにともない、世界の成長もまた減速していく。成長が止まると政治は保守化する。この数年、世界のリーダーたちはますます保守傾向を高めており、香港はそのバトルフィールドとなっている。香港はこの国家安全法の施行で「情報の安全な流通」という金融センターにおける大事なインフラを失うかもしれないが、中国はアメリカに伍していく力を今後も伸ばしていくのは確実だろう。日本は好むと好まざるとにかかわらず、中国と今後も付き合っていかねばならないのだ。

それを踏まえた上で、自分のビジネスにおける矜持がどのへんにあるのかを考えていく。くれぐれも、メディアが増幅するしょーもない反中感情に踊らされないでいただきたい。

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