香港を撤退するべきか否か

先週書いたブログ「国家安全法下でのあなたの香港ビジネスはどうあるべきか」からいくつかコメントを寄せてくださった方の中に「米中の覇権争いが過激化している昨今、香港の現地法人を撤退するべきか」という相談があったので、スコープを広げてお答えしたいと思います。対象は、香港に拠点をもっている日系中小企業。

米中の緊張がここにきて一気に高まっている。

米国がヒューストンの中国領事の閉鎖を突如として発表したかと思ったら、今度は中国が中国・成都にある総領事館の閉鎖を要求した。これに反応して上海株式市場は3.8%下落、香港では2.2%下落した。

これまで米国は(というよりトランプ政権は)中国でカネ儲けができるなら多少の人権問題には目をつぶってきたが2年前に始まった貿易戦争が一気に新局面を迎えそうな気配だ。

なぜ成都か

ヒューストンの中国領事館が閉鎖に追い込まれた理由としては、中国政府が知的財産の盗用を継続的に行っているとされている。72時間以内の撤去、という劇的な措置が取られる以上はアメリカ政府として看過できない確たる証拠をつかんだからなのだろう。成都の米領事館もヒューストンと同じく72時間の退去期限が設けられた。

ところで、米国には首都ワシントンにある1つの大使館と5つの中国領事館がある。それぞれニューヨーク、シカゴ、サンフランシスコ、ロサンゼルス、そしてヒューストンだ。ヒューストンが選ばれたのは、これらの中で中国にとってもっとも重要度が低いとアメリカが判断したのではないか。そして中国には首都北京にある米国大使館以外に、同じく5つの領事館がある。広州、上海、瀋陽、武漢、そして成都だ(香港もあわせると6つ)。

この5つ同士ではアメリカ・ヒューストンと中国・成都が釣り合うと中国側は読んだのだろう。中国の英字紙・環球時報によるとオンラインのアンケートで3分の2は「(成都でなく)香港の米国領事館を撤去せよ」との声があがっているが、香港領事館を閉じるということは米国人が中国内の経済活動の足がかりを失うこととなり米国にとてはもちろん中国にとっても大きな痛手となるし、攻撃に対する反撃として釣り合わないのだろう。

領事館は在米中国人、そして在中米国人のためにあるわけだから領事館が減ることは両国の人の行き来が少なくなり、また人に付いてくるモノ・カネの行き来が少なくなることを意味する。

ポンペオ国務長官の爆弾発言

対中国タカ派としてならすポンペオ国務長官はカリフォルニアにおける演説で習近平国家主席を、

true believer in a bankrupt, totalitarian ideology

すなわち「破綻した全体主義思想の信奉者」と強烈な言葉で形容したうえ、中国人に向けて「共産党政権を交代せよ」と語った。これが中国国内の中国人に向けてなのかそれとも中国国外に向けてのものなのかは発言のコンテクストからは分からなかったが、日本でいうところの外務大臣がこのような強烈な発言をしたのである。

ポンペオ長官がこのような発言をするのは実は初めてではない。2018年にはベネズエラに対し、そして今年の3月にはイランに対してそれぞれ国民に政権交代を呼びかけている。ベネズエラもイランも個人の自由が抑圧された独裁政権で、それがゆえに名指しで避難された。

今回のポンペオ長官の中国に対する非難をベネズエラやイランとパラレルに考えるなら、米国は中国に対してさらなる制裁を課すことを考えている可能性が高い。

南沙諸島での軍事プレゼンスをめぐって米国の第七艦隊が軍事演習を再開していることからも、外交・経済・軍事で米中の覇権争いは新しいステージに入ったのかもしれない。

EU、そしてインドも

アメリカだけでなく、EUも中国に対する包囲網を引きつつある。アメリカよりは抑制的だが、「香港の自由を監視するような機器の取引を禁じる」法律が草案されている。これはアメリカが中国ハイテク5社製品使う企業との取引を排除するのと似ており、事実上の締め出しだ。

インドも中国製の59アプリを使用禁止とすると発表している。印中は国境付近で小競り合いがあったからと推測されるが、EUやインド以外の新興国でも反中感情が高まってきている。新興国を借金漬けにして一帯一路構想を成し遂げようとする中国の膨張戦略は根本的に見直されることになるだろう。

そして日本も踏み絵を踏まされる

ポンペオ長官は先の演説で「志を同じくする国々は、団結して中国に立ち向かおう」という主旨の発言をしていることからも日本は確実に踏み絵を踏まされることになる。

2017年時点ですでに日本の貿易総額においては対米国よりも対中国のほうが上回っているという事実がある以上、日本は米中両国をにらみながら対応を迫られることになる。

そしてこの米中激突に否応なく巻き込まれる日本。GoToトラベルという文法的におかしいキャンペーンとかアゴが露出してなんとなく情けなく見えるアベノマスクなんかで日々平和な笑いを提供してくれているが、それどころではない。

とはいえ、香港を完全に去るのはどうなの?

香港の英字紙、サウスチャイナ・モーニング・ポストによると在香港商工会議所が行った調査では日系企業の80%が国家安全法下における経済活動について「とても不安」「やや不安」と回答している。37%が香港の現地法人を縮小するか、完全に撤退することを考えている一方、35%が香港に以前と変わらない規模で現地法人を置き続けると回答している。アンケートには書いてないが、製造業などリロケーションがしづらい企業では現地法人は置かざるをえないし、サービス業などでは撤退しやすいだろう。

しかしどのような業種であれ、今後中国を含めたアジアで何かしらビジネスをするのであれば香港オフィスを完全に撤廃するのはいかがなものか、と思う。理由は3つある。

1. 一度ビザを捨てると、次に取得するのは容易ではない

今後米中でブロック経済圏化が進むとして、完全にアメリカ側にいる日本人にとっての香港における就労ビザ取得のハードルは高くなっていくに違いない。ビザを一度捨ててしまうと次に香港でビザを取得するのはかなり困難になるに違いない。実はこの傾向はすでに何年も前からあって、昔はもっとおおらかだったのが今ですら大変に厳しい。昔ビザを取得したときの「楽ちんさ」は今はまったく通用しない。

2. 次の成長ストーリーを香港抜きで描けるか

今は世界的に需要が落ち込んでいる。多くのビジネスが撤退や縮小を余儀なくされているなかで、コストの高い香港が標的になるのは仕方がない。しかし香港を撤退し、どこか拠点を移して大成功したという話を僕は聞かない。香港を撤退したのち日本の拠点までもが縮小を余儀なくされたという話ばかりだ。香港進出当初の成長ストーリーは「香港を拠点にアジアに進出する」だったろうが、いまだカネ・モノの行き来が自由で税制面でも恵まれている香港を抜きにして次の成長ストーリーを描けるのか。

心配なのは、日本人は脊髄反射で撤退してしまってあとから後悔するのではないかということだ。

たとえば中東。バブル崩壊後、中東から日系企業が潮が引くように撤退したあとに韓国企業に中東ビジネスのオイシイところ、建設やインフラを根こそぎ持ってかれた。韓国企業はIMF危機後、韓国国内で需要がまかなえないことを見越して現地で着々とコネクションを広げていたのだ。デスク一つ、駐在社員一人でも残して来たるべきチャンスに備えることだって出来たはずなのに。

3. 民間と国家をごっちゃにしない

私も中国人の友人が何人かいるが、以前と変わらず仲良くお付き合いしている。特に若い人はずばぬけて優秀で働き者が多く、「この人と何か一緒に仕事ができればなぁ」と思うこともしばしばだ。「国家」という大きな主語を背負っているわけではない私たち民間人までもがそこまで敏感になる必要があるのか。

またこれは香港・中国に限ったことではないが仕事は人の信頼によって動くもの。一度撤退した日系企業が現地企業からふたたび信頼を取り戻すのは並大抵のことではない。ヒット・アンド・アウェイを繰り返している日系企業が成功した例は私は知らない。

それに日本のソフトパワーは未だ健在だが、それがいつまでも続くとは限らない。中国人や香港人が日本人のことをいつまでも良く思ってくれるはずがない。日本人だから、と上から目線でいられる時代はとっくに終わっている。

結論

デスク一つでもいいので香港拠点を残しておくべし!

↓先週書いたブログです。

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