Vacancy Tax(空室税)で世界最悪の香港不動産地獄は解消されるのか?

これから導入されるであろう空室税と、それを考えるにあたって香港の不動産市況の概観。

先日、香港のExecutive Council(日本でいう内閣)でVacancy Tax(空室税)が提案された。国会で審議され、可決されれば法律となる。内容は簡単にいうと以下のようなものである。

不動産デベロッパーが完成させた分譲物件のうち、完成から半年以上買い手がつかない物件に、想定家賃の2倍あるいは想定売価の5%をその物件を完成させた不動産デベロッパーに課す

というものだ。あくまでプライマリーマーケット(建てたデベロッパー → 最初の買い主)が対象となりセカンダリーマーケット(最初の買い主以降の売買)は対象とならない。この懲罰的な税金は香港の深刻な住宅事情を反映してのことだが、香港の住宅事情をご存知ない方のために概観しておきたい。

香港不動産がこんなにも上昇した理由

香港の不動産価格は2003年と比較して4倍値上がりした。15年前に買えば5,000万円の住宅が2億円となる計算だ。なぜこんな香港不動産が高騰してしまったのか。

この間、香港は中国の経済成長の恩恵を受けたがGDPは2倍も成長していない。いつの世も資産価格が経済の実力以上に上昇するとき、すなわち投機的な動きをするときは幻想がつきまとう。土地が狭いという幻想、中国人が買い占めるという幻想、インフレが永遠に続くという幻想。それぞれの幻想に「ちょっと待てよ?」と考えうる反論材料はあるものの、幻想が投機欲をかきたてる結果自己成就してしまい、ますますその幻想が補強されるというループにいる渦中では冷静になって投機に加わらない人間はアホの一言で片付けられてしまうのである。

簡単にいうと、バブルである。

地球上でもっとも高価な分譲マンション

指数関数的上昇ともいわれる香港の不動産がどれくらい”高い”のかというと、平均的な核家族(夫婦+子供1人)が住む都心の築20年の50平米ベッドルーム2つで日本円で2億円といったところか。日本で億ションというと高級マンションを指すが、香港での億ションはごくふつうのマンションである。ふつうのマンションですらこんな調子なので高級マンション市場はえげつない。たとえば香港島の山の手の一等地に立つマンション”Mount Nicolson”のうちの1つ、425平米デュープレックスの1区分は7,100万米ドルで売れた。日本円で現在の価値にしておよそ80億円である。80億円の分譲マンションは記録的な価格で、分譲マンションとして売れたものでは世界最高値とのこと。ちなみに内覧だけでも資産証明が求められ、売価の2倍の金融資産(現預金や証券)がないと内覧すらできない、と不動産屋が言っていた。このMount Nicolsonの分譲マンションの場合、160億円の金融資産を持っていることを証明しないと見学すらさせてもらえないことになる。

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Mount Nicolson外観 | Photo: Edmond So

このMount Nicolsonが象徴するように、香港の高級住宅市場は香港国内の旺盛な需要と海外、とくに中国からのマネー流入によって活況を呈している。統計によると、高級住宅市場の4割は中国大陸人だそうだ。ちなみに一戸建てとなると分譲マンションより更に値が高く、文字通り天文学的価格で取引されている。

香港では1,000万香港ドル、日本円でおよそ1.4億円以上の住宅を”豪宅”といい、いつか豪宅に住める日を夢見て仕事に励む。世界中どこでもそうだが住宅は紛れもないステータス・シンボル、富の象徴だ。しかし前述のように1.4億円の家は家族で住むための物件としてはもはや普通であり、定義の上での”豪宅”がステータス・シンボルではなくなった。実質的な豪宅の基準はおそらく0をもう一つつけねばなるまい。

地球上でもっとも悲惨な住環境

大邸宅なら当然値が張るが、小さいマンションならどうか。もちろん安い。安いといってもそれは香港人の感覚であって香港外の人間の感覚ではないのだが。

ユンロン(元朗)という香港の田舎にある若い人用の17平米(駐車場1台分を少し大きくしたくらい)の狭小マンションは日本円にしておよそ5,000万円だ。しかもこの駐車場一台分のマンションを手に入れるために頭金30%を積まねばならない。香港政府が住宅バブルを抑制するために、頭金割合を増やしたからだ。5,000万円の物件であれば1,500万円の頭金が必要となる計算だ。冗談みたいに小さいマンションに、頭金だけで1,500万円もの資金を若い人が用意できるわけがない。

住宅の購入のしやすさを図る指標にAffordability Rateという指標がある。これは、その国の世帯平均収入の何年分で不動産が買えるかという指標だ。たとえば年収500万円の人が3,000万円の不動産を買うとき、その指標は3000÷500=6となる。この数字が低ければその国に住む人は自国の不動産を手に入れやすく、高ければ手に入れにくい。

そして香港はこの指標で世界最悪である

しかし人間には生活する場所が必要だ。その場所を確保でするため、香港では日本の”UR賃貸(公団)”のような存在がある。香港ではSubsidised Flat(直訳すると補助住宅)といって収入制限/資産制限をクリアすると分譲・賃貸を認めてくれる存在だ。その補助住宅に人口の半分程度の350万人が居住している。補助住宅に入れる基準は、2人世帯なら世帯収入は香港ドル26,870(およそ38万円)未満、世帯資産は香港ドル880,000(およそ1,200万円)未満。補助住宅は分譲なら市場価格のおよそ半分、賃貸でも民間と比較するとべらぼうに安い。

香港の住宅問題はA/Bの2つある

現在補助住宅に住んでいる人たちは香港の住宅問題とはならない。もちろん格差の問題などはあるが直接的に香港の住宅問題となるのは以下のカテゴリーAとカテゴリーBの人たちだ。

カテゴリーA: 補助住宅に入れる資格がある、すなわち所得/資産額が低いが補助住宅に入れないでいる人

カテゴリーB: 補助住宅に入れる資格はなく、すなわち所得/資産額が高いゆえ市場価格で購入する必要がある人

香港の住宅問題、と一口で言ってもAかBで様相はかなり違ってくるので、ABどちらの問題なのかを切り分けて考える必要がある。

まずはカテゴリーAから。補助住宅に入れる資格があるのに入れないでいる人たちだ。カテゴリーAについては現在28万件(仮に2人で1物件申し込むとすると香港の人口の8%に相当する)が政府の許可待ちとなっている。行政パワーがなくて許可待ちとなっているのではない。政府が十分な補助住宅を供給していないせいで許可を出しても住んでもらえる物件がないからだ。もちろん彼は路上に暮らしているわけではなく、親類縁者の家に身を寄せていたり、工業ビルを違法に改造した部屋に住んでいたり、1つの物件を他人とルームシェアして生活している。もともと所得が低いだけに住宅費用で稼いだ分のほとんどを取られる計算だ。

下のようなビデオはまさにカテゴリーAに属する人たちがいかに狭く苦しい生活を送っているのかを物語っている。外国で放送される香港の住居問題ドキュメンタリーはまさにこの手の映像だ。三畳一間生活を同情をもって取り上げている場合はおそらくカテゴリーAに属する人たちの問題だ。

土地がないわけじゃない

なぜ香港政府は土地開発を行わないのか。香港政府は一貫して「High Land-Price Policy、すなわち土地を高値で売る政策をとっている。香港の土地は香港政府のものであり、譲渡ではなく999年のリースとなっている。デベロッパーはその土地のリース権を購入してマンションを建設する。香港は”土地が少ない”というイメージがあるが、実は住宅用に開発された土地は香港全体の7%。商業ビルや国定公園など住宅以外の用途の土地すべて含めても香港全体の30%程度で、残りの70%が未開発の土地なのだ(Why Hong Kong land are undeveloped?)。

もちろん開発に適さない場所はあるので100%まで開発されることはありえないが、住宅問題を解決するための土地がないわけではなく土地はあるけれど戦略的に小出しにする政策をとっているのが実情だ。地下鉄など公共交通機関の開発とともに土地をリースしていけば土地の付加価値も高まり香港全体のイメージも良くなり金融都市としての地位もたかまるというわけだ。

しかしこの土地高値政策のしわ寄せがカテゴリーA.に属する人たちにいっている。政府がもっと土地を開放してくれさえすれば数十万人の住む場所が確保されるかもしれないのだ。それをしないのは香港の金融都市としての体面を保つためでもある。香港は他人のフンドシで経済を活性化さえている街。外国資本を受け入れ、外国の優秀な人たちに香港で大いに活躍してもらうためには街がキレイに整っていなければならない(実際には外国の頭脳はこの不動産価格に耐えかねてむしろ香港から流出しているのだが)。キレイに整えるためには、土地開発に失敗してスラム街など作らないように慎重さが要求される。そのためにも時間をかけて開発計画を練る必要があるのだ。

このように、カテゴリーAはどちらかというと政治問題といえよう。

問題が顕在化しにくいカテゴリーB

その点、カテゴリーBに属する人たち、すなわち所得も資産もあって補助住宅に入る資格のない人の悩みは顕在化されにくい。カテゴリーBはそこそこ稼いでいるので貧困層ではない。たとえば月収3万香港ドル、年収にして日本円で500万円の香港人だと補助住宅に入れる資格はないので民間から住宅を購入する必要がある。年収500万円というと、給料サイトのPay Scaleでみるとごく平均的な水準で、日本でいってもむしろ立派にやっているほうだ。ただ”ふつう”の、しかし何億円もするマンションマンションを買うための頭金がないだけだ。前述のとおり築20年の50平米が2億円する状況で、30代前後の若者が頭金30% = 6,000万円を支払うことは事業で成功した、とか外資系の金融機関でトレーダーとしてやっていた、とか親の遺産を受け継いだ、など特異な情況でないと難しい。しかしカテゴリーBに属する人たちはAの28万人どころではなくおそらくその倍はいる。補助住宅に入るくらい収入がないわけでもなく、さりとて億ションを買えるくらいの資産もないことからサンドイッチ層と言われている。

情況的にはカテゴリーAのほうが悲惨だが、経済的にはカテゴリーBのほうが深刻かもしれない。それはレバレッジ(借金)が絡むからだ。それも過剰に。

3つの借り入れ先

カテゴリーBに属する人たちが頭金が貯まるまでじっと耐え続けるのかというとそうではない。アジア圏特有の「結婚するなら住む家を用意するべき」という価値観のプレッシャーで億ションを買うのである。しかし手元にそれだけのカネはない。だから外部から調達しなければならない。どうやって資金を調達するのか。大きく3つの調達先がある。

    1. 1. 親
    2. 2. デベロッパー
  1. 3. 二番抵当

親というのは、もちろん住宅を購入する若者の親である。親が「結婚するのに住む家もないなんて」と子に現金を差し出すのだ(ちなみに香港では贈与税は存在しない)。現金がなければ親の自宅を担保にして銀行からおカネを借りる。すなわち子供の家を買うのに子供だけでなく親も借金をしている状態となる(Young people acquiring properties with support from parents)。デベロッパーは新規のマンションを売り出す際、銀行から借りれるだけ借りさせた後にそれでも足りない部分を融資する。銀行とあわせて不動産価格の90-110%(手続費用や内装費分)を銀行よりやや高い金利で融資する。二番抵当は一番抵当に入っている銀行とは別のところから借りる、いわゆるノンバンクローンだ。これも銀行が一番抵当で貸し、二番抵当として高い金利で貸す。消費者金融がやってたりする。

手元に頭金を出せるだけの現金がない場合、大きくこの3つの融資元がある。3つともレバレッジが絡む。不動産価格が上昇を続けている間はみんなハッピーだ。仮に融資金利が上昇したところで最悪当該不動産を処分してしまえばまだ手元にカネは残る。問題は、自分が考えていたシナリオと逆方向にいった場合だ。カテゴリーAの問題は悲惨だがレバレッジが絡まない。経済マターというよりは政治マター、所得の再配分の問題だ。しかしカテゴリーBはレバレッジが絡む。結果、経済的に悲惨な状態になりうる。そしてレバレッジの規模からいって香港経済に大きな影を落とす可能性もある。所得水準が追いついていないのに債務の量だけ増える場合、いずれ破綻する。それは歴史上何度も繰り返されてきた光景である。

香港の家計における債務はすでに記録的な水準に達している。カテゴリーAの人は、レバレッジさえからまなければ幸せだ。カテゴリーBで、そこそこ収入があって無理をすればマンションを買えちゃう人はこれから借金地獄を見ることになるかもしれない。そういう意味ではカテゴリーBは経済問題となる。

空室税はカテゴリーBを救えるか

このように香港の不動産問題は、潤沢な土地があるにもかかわらず開発に着手しない政府の犠牲になっているカテゴリーAの人たち=政治問題とレバレッジをかけねば住宅が手に入らないカテゴリーBの人たち=経済問題の2つから成り立っている。

最初のトピックに戻る。

空室税、Vacancy Taxという聞き慣れない税金が導入されようとしていることは前述した。不動産在庫を保有するデベロッパーに対して懲罰的な税金を課すというのがこの法律の趣旨だ。デベロッパーが利益を最大化するために在庫を保有し続けていることに起因する。香港国民は不動産で苦労しているのだから、完成したらとっとと売れというのが政府の思惑だ。デベロッパーの在庫を少しでも市場に吐き出させ、不動産価格を抑えたいのだ。

とはいえ政府はこれまでも不動産価格の抑制に失敗してきた。投機的な動きを避けるために短期売買の課税、中国大陸人をターゲットとした外国人/法人での購入の際に売価の15%を税金としてかけた。しかしそれでも不動産価格は上昇を続けた。背景に過剰流動性があり、先に述べた幻想があった。もはや税金が高いか安いかは関係なく「今手に入れておかないと一生手にはいらないかもしれない」という焦りが拍車をかけた。不動産価格の抑制に関して香港政府は無能だということを証明してきた数年間だった。

しかし一方的に香港政府を責めるのは酷だ。1980年台の日本、2000年台のアメリカは同じく不動産の投機的動きの抑制に失敗してきた。かつての連銀議長グリーンスパンも「バブルは、はじけて初めてバブルだったと分かる」と語ったが、不動産市況が活況なおかげで経済的メリットを享受している香港人も多くいるなか、一方的にバブルと言い切って抑制するのは非常に難しい。今回政府が空室税を導入しようとしているのは、カテゴリーBの人たちの不満がピークに達しそうだからだ。

空室税に対する批判

空室税が果たして不動産価格の抑制に効果的かどうか、懐疑的な人も多い。

まず、課税対象となるのはデベロッパーだけである。デベロッパーではないふつうの大家さんは対象とはならない。大家さんが「あとで自分で住むかもしれないから」といって半年以上空室にしておいても、課税対象とならない。そしてそもそもデベロッパーの在庫は9,000件しかない。しかもそのうち数千件は分譲を前提としない、賃貸前提のマンションだ。賃貸前提でなく分譲を前提としている物件をすべて市場に放出したとしても需要を満たすことはできない。また、僕がデベロッパーなら新しく会社を設立して売却してしまってうだろう。そうすれば売却の履歴は残るから在庫と見なされなくなり、この法律の適用外となる。また、仮に空室税が課税されることになったとして、そのコスト増分が買い主に転嫁されないとも限らない。デベロッパーは空室税で被った損失を穴埋めするために、ますます高い価格を提示しようとするだろう。それに、半年以上買い主が見つからないという”営業努力不足”に国が課税する格好になるわけで、本来なら売れずに放置されてしかるべき魅力のない物件が苛烈な営業努力によって売れてしまうといういびつな構造になりかねない。

そしてもう少し視野の大きな問題としては、世界で最もラディカルな私権を認めている香港の価値観にそぐわないという考え方だ。香港の憲法にあたる基本法には第一章第六条に

The Hong Kong Special Administrative Region shall protect the right of private ownership of property in accordance with law.

(香港特別行政区は法に依って私有財産権を保護する)

とあるが、デベロッパーの財産である不動産在庫に懲罰的税金を課すことはこれと衝突するのではないか。デベロッパーはその私権の行使として売る/売らないの判断をしているかもしれないからだ。私権に対する懲罰的徴税を許せばひいては香港の自由なイメージを損なうのではないかという懸念だ。ただし不動産デベロッパー協会は「売るのに絶好なタイミングなんて存在ない。プロジェクトが完成したらとっとと売って次のプロジェクトの種銭にしなければならないからだ」と言っている。ただ、これから市場が反転した場合に不動産デベロッパーはコスト割れを避けるために完成物件を在庫としておくかもしれない。そうなればこの空室税はデベロッパーが積み上げた富を香港市民に逆流させるいいツールとなる。

小椋的には

個人的には今回の空室税は不動産市況の活況を享受できない市民の不満のガス抜き程度にはなろうが、不動産価格に与える影響はないか、あったとしても軽微だろう。香港の不動産問題(カテゴリーB)は結局は市場が解決するのではないか。世界の低金利政策が終わりを告げつつある今、人々の幻想がとければ解ければ不動産価格はどこかで頭打ちし、ローンの支払ができなくなった人から不動産の投げ売りを始めるだろうからだ。

問題は、それがいつか分からないことである。

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