残されたご家族のために。海外相続についてのお話と、AMGでの信託について – 1/2

海外に資産を保有する富裕層が取りうる3つの選択。文書化、制度利用、そして家族信託。

申告漏れを指摘されたのは、2008年11月にがんのため亡くなったジャーナリストの筑紫哲也さんの妻や長男などの家族です。関係者によりますと、筑紫さんは、新聞記者時代に特派員として勤務したアメリカで購入したマンションの売却代金、およそ4,000万円を海外の銀行口座に残していましたが、遺産を相続した家族からの申告はなかったということです。家族は、このほか国内の遺産と合わせて東京国税局からおよそ7,000万円の申告漏れを指摘され、一部は意図的に申告しなかったとして、重加算税を含め、相続税およそ1,300万円の追徴課税を受けたということです。NHKの取材に対して筑紫さんの長男は、国税局から申告漏れの指摘があったことを認め、「指摘に基づいて昨年冬、修正申告を完了しております」と話しています。

(2011年7月7日

NHK News Webから抜粋)

筑紫哲也さん御本人そしてご家族の名誉のために言っておくと、筑紫哲也さん自身がご家族に節税逃れを指示していたかどうかは分からず、また残されたご家族の「脱税意図」ついてもどれくらいの強度だったのか分からない。単に「海外資産については申告する必要がなかろう」という素朴な発想だったのか、何が何でも税務署から隠し通してやろうと証拠隠滅するような強い意志があったのか。

ニュースキャスターとして、そして言論人として各界から尊敬を集めており、その逝去に際しては多くの方からの追悼があった。しかし筑紫哲也さんがいわゆる「左寄り」であったことから”脱税”という左寄りの言論人らしからぬネタが燃料となったため、このようなケースは掃いて捨てるほどあるにもかかわらず目立って報道されることとなった。

とはいえ昔の話であるし修正申告済であるため深掘りすることは本稿の主旨でもない。ただ筑紫哲也さんのような海外資産を持つ富裕層にとって、どういったオプションが考えられるのかを検討するために取り上げた次第である。

海外資産にまつわるよくある誤解と、居住者/非居住者、日本の税金

海外資産の売買益や配当、海外法人からの給与所得における課税

筑紫哲也のように、仕事で日本と海外を行き来する方が増えてきた。そういった方々の税金に対するよくある誤解は以下のようなものだ。

  1. そもそも海外資産は海外にあるから日本と関係なく、申告しなくてよい
  2.  海外で働いて得たおカネだから申告しなくてよい
  3. 海外に183日以上滞在しているから申告しなくてよい
  4. 海外の永住権、たとえば香港のPermanentやマレーシアのMM2Hを持っているから申告しなくてよい
  5. 日本の住民票を抜いたから申告しなくてよい

これらはすべてポイントがズレている。海外所得、海外資産から生じる利益を申告する必要があるかどうかはひとえに日本国内における事情を勘案し、日本にとって居住者であるか非居住者であるかが総合的に判断される。

この居住者/非居住者は永住権や183日などの形式的なものでは判断されない。すなわち永住権を保有していても、外国に半年以上住んでいても日本居住とみなされ日本で課税されることもある。Ⅰは論外としても、Ⅲ-Ⅴについてよく誤解している方がいらっしゃる。

Ⅱの給与所得については直感的には納得できないかもしれない。たとえば香港の法人から得た収入で、香港できちんと納税しているのに、日本の居住者だと認められれば日本の所得税に対する課税標準との差額分を日本で収めなければならない。(あくまで差額であるので、日本と香港とを二重で納税するわけではない)

居住者/非居住者のポイントとなるのは

  • 日本国内に家族を残していないか
  • 日本に資産の大部分がないか
  • 日本の法人で役員など重要な仕事をしておらず、海外で1年以上継続して行う仕事をしているか

の3つ。すなわち日本の居住者であると認められたくない場合、

  • 家族を日本国外に住まわせ、
  • 資産の大部分を日本国外に移し、
  • 日本国外で仕事をする

必要がある。逆に日本の自宅に家族を継続して住まわせ、日本に資産の大部分が残っていたりすると海外に183日以上出ていても、どこかの国の永住権を持っていても日本の居住者として判定される=海外資産について日本での税金が課される可能性が高い、ということになる。家族と資産と仕事の3つがそろって日本国外にある状態が1年以上継続すれば、非居住者おぼえておけば良い。

筑紫哲也さんの場合、現在の基準に照らし合わせると家族は日本に居住していたためアメリカのマンションを売却し売却益が出た時点で申告している必要があったことになる。

海外資産の贈与、相続は上げる人、もらう人どちらも10年以上日本国外

海外資産をあげる人(被相続人、贈与者)、海外資産をもらう人(相続人、受贈者)どちらも日本国外に10年以上継続して日本の非居住者性が認められなければいけない。あげる人もらう人ともに日本に一時帰国するのは構わないが、家族と資産と仕事が日本外にある状態が10年以上継続する必要がある。富裕層が香港やシンガポールに家族ごと移住するのは、このためだ。

そう、10年はとんでもなく長い。私のクライアントは2年かけて準備して日本から香港に移住してきたにもかかわらず、「水がマズい。納豆とメザシがすぐ買えない。」という衝撃の理由で1年もたたずに日本に戻ってしまった。おカネのためだけに人が我慢できる量などたかがしれてるのだ。海外資産を無税で贈与・相続したいからという理由だけで海外移住まで実行できる富裕層は、10人に1人にも満たないだろう。

すなわち10人に9人の、海外資産を有する非居住者になれない富裕層は日本の税務に関して「出口戦略」についても知識入れをする必要がある。

海外資産を保有している富裕層に決定的に欠けている視点

しかし、たいてい「海外投資の出口戦略」は、自分が生きていることが前提だ。自分が生きている間に海外資産から得たリターンをどう日本に戻すか、制度のスキマをついてどう税金を安く済ませるか… のような戦略だ。それはそれで出口戦略として大切であることに異論はない。しかしそこにはもうひとつの出口戦略、「自分が明日死んだらどうなるか」についてはなかなか検討する機会がないらしい。これが海外資産を保有する富裕層の多くに欠けている視点である。

日本国籍だが、家族・資産・仕事が日本外であれば当地の法律に従いさえすればよい。しかし問題は、日本国内に住んでいる富裕層。富裕層の海外投資欲は高く、日本国外の金融機関を利用して海外投資をしたことがある人は20%、5人に1人。また国外金融機関の利用経験はないものの関心がある富裕層は29%にものぼる(野村総合研究所: 「プライベートバンク戦略」174, 178ページ)。

そして手数料稼ぎになる「入り口=何を買うか」の話はプライベートバンカーなどウェルス・マネージャーはよくするが、海外相続の複雑な事情まで踏み込んで考えるは面倒くさく、しかも稼ぎにもならない「出口=どう税金を支払うか」の話は好まない。しかし入り口から出口までがウェルス・マネジメントであるから出口の話が出来ないようなウェルス・マネージャーなら失格だろう。

それでは、海外相続についての知識を深めていただくことにしよう。

大陸法系と英米法系

日本には日本の民法があり相続税法があるように、アメリカにはアメリカの民法があり相続税法が存在する。各国によって相続の手続きはまちまちではあるが、大きく

  • 英米法系
  • 大陸法系

の2つに分けられる。

アメリカをはじめ、イギリスそして旧英領地であった香港、イギリス、オーストラリアなどはいわゆる英米法系を採用している。そして日本やスイス、ドイツ、フランスなどは大陸法系を採用している。大陸法系と英米法系は何をルールにするかという点で大きく違う。大陸法系では成文化された法律を重視し、英米法系では判例を重視する。もっとも両者は明確に判断できるわけではなく、程度の差に過ぎない。

英米法の国々 アメリカ、イギリス、香港、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランドなど
大陸法の国々 日本、スイス、ドイツ、フランスなど

英米法系におけるプロベート(検認裁判)という手続き

この大陸法系と英米法系の考え方は相続にも反映される。大陸法系の国では相続人は資産と負債を一緒に引き継ぐ、という考え方だ。一方英米法系の国では、相続人はいったん資産と負債とを精算し資産が残っていれば引き継ぐ、という考え方となる。大陸法系のコンセプトを包括承継主義と言い、英米法系のコンセプトを管理精算主義という。

大陸法系では相続は直線的で簡単だ。しかし英米法系では「精算」というプロセスが入り込むため複雑になる。この英米法系の相続精算手続きを「プロベート(Probate)」という。同じ英米法系を採用する国でも細かな違いはあるもが、清算人を指名し資産負債を整理し相続人の真正を確認したのち相続が完了するという手続きは変わりはない。

この大陸法系国なのか、英米法系国なのかで手続きにかかる費用は期間が変わってくる。国際相続には専門家(弁護士や税理士など)の手助けが必要だが、大陸法系ではそれらプロフェッショナルに支払う費用が総額で50-100万円、期間は半年から1年くらいをみておけばよい。しかし精算の必要な英米法系では費用が200-300万円、期間は2-3年をみておかねばならない。

しかもアメリカでは州によってプロベートのやり方が異なるため複数州にまたがって資産を保有している場合、それぞれの州でプロベートをしなければならず費用はさらにかさむことになる。富裕層は海外不動産を持ちたがらないが、海外不動産を複数所有するとそれだけで相続手続きが煩雑化するおそれがあるからだ。

海外資産を保有する富裕層に、3つのアドバイス

「もし明日自分が死んだら」残された家族が国際相続という面倒に巻き込まれる可能性がある。仮に大陸法系の国、たとえばスイスに資産があったとしても慣れない手続きに時間と労力を割かねばならない。現地に飛ぶ必要も出てくるだろう。

そこで生前にできる手段を簡単な順から説明していく。

手段1. 海外資産目録
手段2. 共同名義、受益者、遺言
手段3. 家族信託

手段1はプロベートを含め海外相続手続きそのものは避けられない。手段2では海外相続そのものを避けられる。手段3では海外相続を避け、相続前から海外資産の管理の煩雑さを避け、相続後も子の代孫の代だけでなくそのさき家族の資産を管理できる方法について説明する。

手段1. 海外資産目録を作って家族&税理士と共有しておく

本人以外、家族の誰も海外資産の存在を知らなかった… というケースは少なくない。「家族資産を知らないなんて、どれだけ夫婦仲・家族仲が悪いのだ」と思われるかもしれないが、関係の良し悪しと財産状況の共有とは関係ない。いろんな事情があって海外資産の存在を伏せなければいけない場合もあるのだ。

たとえば、夫が稼ぎ頭として家計を切り盛りしているが、妻も同じく外で働いており妻が夫のが家計の全容を知らされていない場合。妻が専業主婦の場合はこのパターンは少ないが、夫が創業社長で妻が他の会社で働いているような場合だ。夫の稼ぎで生活は回っているので妻が家計を心配するきっかけがない。二人とも自立心旺盛なパワーカップルのその自立心がかえって仇になったりする。

事業をしていて顧問税理士がいる場合、国内資産の財産についてはすぐに目星はつけられよう。しかし国外のこととなると税理士と事前の情報交換をしていないとお手上げだ。そこで対策として本人が海外資産目録をつくっておき、もしものことがあれば誰に連絡すればいいかを書いておく。たとえば、

香港 資産運用 AMG 担当者 オグラ +852 xxxx xxxx メールアドレス…
シンガポール 銀行 ABC 担当 ピーター +65 xxxx xxxx メールアドレス…
アメリカ 不動産 XYZ 担当者 ジョン +1 xxx xxx xxxx メールアドレス…

などのような簡単なもので構わない。1年に1度は海外資産の棚卸しをし、担当者名、連絡先をアップデートしておく。特にプライベートバンクの利用を業者経由で使っているような場合、自分の担当のバンカーが果たして誰なのか本人も知らないことすらある。紹介してくれた業者名ではなく、バンカー本人が誰なのかを知っておくべきだ。

そしてそれを家族や税理士と共有しておく。共有できない事情があるなら、エンディングノートなどを活用する。

もしものときに家族がその資産の在り処を分かってしまえば、あとはその国の弁護士を見つけて対処すれば良い。この場合でもおカネと時間はかかるが、どこの国にどんな資産があるのか手探りで探さなきゃいけない状態よりはよっぽどマシな対策だろう。

手段2. 相続手続きを発生させない制度、楽にする制度を利用する

現地に飛ぶ必要も出てくるが、国際相続にまつわる煩雑さを解消できる。

# 共同名義

香港やシンガポールなど贈与税や相続税のない国の金融機関では銀行口座、証券口座を共同名義にしておくことが可能なことが多い。共同名義にしておいて、かつどちらか一方が全資産を動かす権利があるように設定しておけば、いざとなってももう一方の人が資産を動かせる。

またアメリカの不動産ではジョイントテナンシーの制度などがある。金融資産にしろ不動産にしろ、共同名義を設定できるのであれば検討するべきだろう。

# 生命保険は受益者を設定

純然たる生命保険はもちろん、ユニバーサルライフ、アニュイティ、ユニットリンクなど貯蓄運用タイプの生命保険であえれば、受益者を指定しておくことでプロベート、国際相続を回避できる。死亡証明書を生命保険会社に提出すれば、家族はもちろん家族以外の第三者に対しても特段の手続きなく支払いが行われるからだ。

生命保険で共同名義にすることも出来、受益者を設定することもできる場合は受益者の設定をまず優先して考えるべきだ。なぜなら離婚したりして共同名義を解消しなければならない場合、2人のサインが必要になるが受益者指定だけであれば契約者本人一人のサインで済むからだ。

# 財産地で遺言を作成

仮に日本で遺言があった場合でも、それは日本国外では有効とはならない。アメリカにはアメリカの遺言制度があり、香港には香港の遺言制度があるゆえ当地の手続きにそった遺言でないと効果はない。遺言の存在は相続手続きをゼロにはしないが、勘弁にはする。

特に海外不動産を所有している場合でかつジョイントテナンシーなどが利用できない場合、遺言の存在が有効となる場合が多い。

手段3. 信託を設定する

続きは以降のブログにて稿を改めます。

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