夫婦別姓の経済的合理性

サイボウズの青野社長が提訴した選択的夫婦別姓について、経済の視点から合理性を考えてみる。キャリアや資産管理の面では合理的な面も。

夫婦別姓の経済的合理性を考える

サイボウズの青野社長が夫婦別姓の実現を目指して提訴したというニュースがありました。結婚時に夫婦別姓を選べない戸籍法は法の下の平等を保障する憲法に反するとして国を訴え、署名キャンペーンもしているそうです。私は個人的には選択的夫婦別姓には賛成で、「日本の伝統」や「社会に定着」していることを理由に別姓を選べないことに違和感を感じています。誰もが姓を持つことや夫婦同姓は明治時代に始まった制度なので伝統というには比較的新しいですし、歴史的に「社会に定着」していなかった職業選択の自由や言論の自由、女性の参政権、同性カップルの結婚に相応する関係が現在は認められていることを考えると、夫婦別姓だけが実現していないのは不思議に思います。とはいえ、「家族の絆や一体感」などを理由に反対する声が根強いのもとても日本らしいと理解しています。そのような文化的な議論はひとまず置いておいて、ここでは経済の視点で選択的夫婦別姓を考えてみたいと思います。

「経済的合理性」という意味では、いかなる理由であれ自分の姓の変更を強要されずに、希望する人は結婚・離婚に関係なく一生同じ姓を使い続けることができる、というのは明らかに理にかなっています。青野社長の例では、自身の持つ株の名義を変更する際に約81万円の手数料がかかったということですが、結婚の際にあらゆる書類や身分証明書の変更をしなくてならないのは、当然ながら時間と作業、心理面で不利益です。

「キャリア」「資産管理」の面で合理的

「キャリア形成」の面でも同じ名前を使い続ける方が効率がよい場合が多いでしょう。晩婚化に伴い、男女ともに結婚前に大きな実績や地位、資格や資産を得て、論文を執筆し、起業をする人は増えています。それらのキャリアを築いた氏名が正式に変わってしまうというのは不都合です。一般の会社員であれば「通称」として旧姓を使うことで問題ない場合もあるでしょうが、企業の経営者や役員や大学教授、著名な活動家などは、正式な契約書や証券などで本名を使う必要があるため、旧姓を正式に継続使用できることは合理的です。逆に、キャリア形成において配偶者の姓を名乗った方がいい場合もあるでしょう。たとえば夫や妻の家系が社会的に高い地位や名声を得ている場合には、実家の姓よりも相手を名乗ったほうが人脈作りや知名度アップに有効かもしれません。そういう人には、正式に配偶者の姓を名乗る権利があった方がよいでしょう。ですから、必ず「別姓」というのではなく、個人の状況に応じて実家の姓か配偶者の姓かを選べる方が経済面では望ましいと言えます。

私たちが仕事で手掛ける「資産管理」の上では、「個人識別」という意味で夫婦別姓は効率がよいです。日本人のお客様は結婚・離婚などによって姓が変わるたびに有価証券の名義の氏名変更を行うため、多くの書類と署名を運用会社に提出しなくてはなりません。姓変更に伴う身分証明書(パスポート)の変更、それに伴う署名の変更ともなると、場合によっては司法書士に依頼する必要もあります。逆に、生命保険の加入などにおいて、婚姻関係の証明という意味では姓が同じことは有効にはなりません。余談ですが、保険の原則において、相手に生命保険を掛けることのできる「Insurable Interest(保険をかけられる利害関係)」というのは契約時にのみ必要なため、たとえば妻が夫に生命保険をかけてその後離婚したとしても、解約金や死亡保障をもらう権利は維持され、受取の際に婚姻関係の証明は不要です。

夫婦別姓の中国、自分で資産を築く女性たち

私の住んでいる香港および中国では、伝統的に夫婦別姓です。夫と別の姓を名乗ることと、夫に頼らず自分で地位や財産を築こうとする動機の関連性はわかりませんが、香港・中国では共働きがあたりまえで、たくさんの女性CEOや起業家が活躍しています。Forbesによると、2017年には親や夫の力でなく自分で資産を気付いたビリオネアのリストに、新たに9人の中国人女性がランクインし、2番目に多かった米国の5人に差をつけたそうです。私の周りを見ても、香港ではドメスティックヘルパー(外国人家政婦)制度にも助けられ、母となっても出産後2か月で職場復帰し、男性と変わらず海外出張や管理職をこなし、昇進していく女性がたくさんいます。一方で、少し文化論になってしまいますが、中国や香港では、「家族の絆や一体感」を非常に重んじ、日本よりもその傾向が強く社会に根付いているように感じます。たとえば、旧正月や中秋節、冬至など、親戚一同が集まって食事をするという風習がたくさんあり、そういう日は若い人でもさっさと職場を出て家に急ぐ姿が見られます。また、一族の財産を増やし、子孫を繁栄させたいという願望も強く、さまざまな縁起物や風水の習慣にあらわれています。中国の戸籍制度はよく知りませんが、少なくとも「家族の絆」と「夫婦別姓」は矛盾することなく共存しているように見えます。

少子化問題対策としても検討必要

日本では人口減少、労働力不足が深刻になっています。晩婚化が進み、出生率も低いままで、生涯未婚率は男性が23%、女性が14%にもなっています。男女の結婚に対する心理的ハードルを下げるという意味でも、夫婦別姓が選択できるようにすることは合理的ではないでしょうか。「女性の活躍」が内閣の経済政策のスローガンになっている時代に、最高裁が「女性が不利益を受ける場合が多い」と認める状況があり、国連の女性差別撤廃委員会の勧告を無視し続けて、国会でまったく議論が起こっていないのは不自然なように感じます。女性に対して「労働力を提供してほしい」「もっと稼いで税金を納めて欲しい」さらには「イノベーションを牽引して経済を成長させてほしい」とう期待がありながら、一方で「男性を家長として立ててほしい」「良妻賢母でいてほしい」「家のことは女性が担ってほしい」という古い男性たちの価値観が透けて見えるような気がしてなりません。今年から配偶者控除の年収要件が改定され、パートの主婦が夫の税金面で恩恵を受けながら以前よりわずかに収入を増やすことができるようになりましたが、このまま財政赤字が深刻になった場合には、いずれ配偶者控除が減らされるかなくなる可能性もあります。夫に養われる専業主婦やパート主婦への恩恵は少しづつ減っていくことになるでしょう。本気で女性の活躍を実現するためには、女性が経済的に男性に頼るメリットを減らす一方で、働く女性への支援を増やすこと、そして女性の権利や選択肢を増やすことが必須です。女性の意識改革という意味でも、選択的夫婦別姓を認めることは役に立つと思います。

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