労働市場としての日本の価値を高めなくては
主要7カ国で日本だけが2000年の賃金水準を下回り、賃上げで後れを取っているという記事。海外で働いている筆者にとっては実感を裏付けるデータだった。アジアで下がる日本の影響力と働く場所としての日本の魅力を考える。
伸び悩む日本の賃金
1月22日の日経一面トップニュース「賃金再考(1)日本の賃金、世界に見劣り 生産性の伸びに追いつかず、国際競争力を左右」という見出しをみて、「やっぱり」という思いがよぎりました。この7年間日本の外、香港に住んでいる私にとって、今は可能であれば日本より海外で働いた方が稼げるのではという実感があったからです。
日経の記事では、2000年と2016年のそれぞれの現地通貨の実質ベースで賃金を比べて、主要7か国のうち日本だけが2000年に比べて賃金が下がっているというデータを示しています。さらに近年は円安傾向ですから、日本で稼いだお金の海外での価値が下がっています。私が日本から香港に移ったのがちょうどここ10年で円が最も高かった2011年だったため、日本での賃金やインフレ率の伸び悩みに、どんどん円が落ちていくという要素が加わり、日本の労働市場としての価値が弱まっていくのを痛烈に感じました。例えばの話ですが、500万円の年収の人が2011年に日本から香港の企業に転職し、同じ額の給料をもらったとしましょう。2011年は1香港ドル=約10円の円高でしたので、500万円は約50万香港ドルです。香港では会社や個人の業績が特別によくなくても、インフレに合わせて毎年最低でも2~5%給料はあがるのは珍しくありません。そこで7年間、毎年5%昇給したとすると約70万香港ドルになります。こちらを2018年現在の為替、約1香港ドル=14円で計算すると、985万円です。特別な昇進・昇給がなくても、日本円で比べると二倍もお給料が増えたことになります。もちろん香港で暮らしている分には生活費も上昇していますので、お給料が増えている実感は持てませんが、老後を日本で暮らすための貯金をする場合は、日本で働くよりもたくさん貯められることになります。
アジアで下がる日本の影響力
昨年、香港の中国への返還20周年の折に、「香港返還20周年と日本の20年」というブログ記事で香港と日本の20年間の変化を比べてみて、香港が大きな経済成長を遂げる一方、日本はGDPの数字上では成長が完全に止まっていたことを取り上げました。1人あたりGDPで日本は1997年の世界4位から2015年には20位に後退し、香港にも抜かれています。日本人一人ひとりの生産力が他国と比べて落ちているということです。
80年代から90年代にかけて、日本はアジア経済の中心にいました。香港でも現在の年齢が30代以上の人は、日本のアニメやドラマ、歌謡曲で育ち、日本語を話せる人も多いです。昔は香港でも日本の百貨店がたくさん出店し、日本企業の事務所も今より多くありました。日本企業で働くことはステータスだったでしょうし、お給料もよかったのかもしれません。しかし、現在若者が一所懸命勉強するのは日本語よりも北京語(普通話)です。母語の広東語の他に北京語と英語ができないといい仕事につけないからです。文化の面でも、今はJ-POPや日本ブランドよりもK-POPやKドラマ、韓国のファッションブランドやコスメブランドの方が人気があり、趣味で韓国語を勉強する若い人も増えています。もちろんまだまだ親日の人が多く日本食は大人気で、円安もあり旅行先として日本の人気は高いのですが、昔に比べて経済面・文化面で日本の影響力が弱まりつつあることは感じます。
働く場所としての日本の魅力
日本に住んでいたことのある外国人と話すと、日本について「Best place to live, Worst place to work」と言われることがあります。外資系金融企業の駐在員として東京に赴任し、家賃や子どもの学費を会社に負担してもらって六本木で毎晩遊んでいたような人であれば何の不満もないでしょうが、日本企業で働いたり日本人女性と結婚するなどして日本の企業文化や働き方をよく知っている人に言わせると、「日本は食べ物が美味しくサービスもよく、きれいで住む場所としては最高だが、日本企業では長時間労働や無駄な仕事が多く、働く場所としては最悪」ということです。
時に過労死さえまねく長時間労働、長い通勤時間に通勤ラッシュ、仕事の後の上司との飲み、柔軟性に欠ける社内規則や煩雑な事務作業など、日本の企業文化には社員の生産性を奪う要素が数多くあります。現在、残業規制や同一労働同一賃金などの「働き方改革」の関連法案についての議論が進んでいますが、このまま賃金の上昇が進まなくては、優秀な人材はどんどん外へ逃げていってしまうでしょう。前述の記事では、中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)が日本国内の新卒採用で初任給40万円を提示したとあります。優秀な学生を獲得するためにここまで出せる日本企業はあまりないでしょう。日本企業は従来その高い技術力や勤勉な労働者、安くて高品質な商品を武器に世界の市場で戦ってきましたが、今後は日本そして日本企業は労働の場としても魅力を高め他の国と戦わなくてはいけないことを自覚すべきです。食べて遊んで旅して最高、安全で清潔で住みやすい日本が、同時に効率よく柔軟に働きやすく、たくさん稼げる場所になるために、やるべきことはたくさんありそうです。