銀行員のレイオフは世界的潮流、日本の銀行は「自然減」で耐えられるのか
リーマンショック以降、ゲームのルールが劇的に変化した。日本の三大メガバンクが「自然減」と発表したが、はたしてそれだけで耐えうるのか。
銀行員は削減される運命か
日本で話題になった、銀行員の削減。三代メガバンクがほとんど同時期に”削減”を発表した。みずほ銀は19,000、三菱UFJは9,500、三井住友は4,000。削減とは数を減らすことであるから、その語感からすると首切りを含むリストラだと捉えてしまうがあくまで採用減や定年退職など自然に数を減らすという。
銀行業界における競争環境はここ数年で劇的に変化した。各メディアで喧伝されていることではあるが、就職人気ランキングの常に常連である銀行が人減らしを行わねばならない理由は以下のとおり。
1. 金利差収入、手数料収入が今後も伸びない
低金利。いつからこの言葉が使われるようになったかというと、1995年以降だろう。ということは日本ではすでにこの状態が20年以上も続いていることから低金利でない状態を想像することすらできなくなっている。
商業銀行は中央銀行(日銀)からカネを借りて法人や不動産に融資をし、その利ざやで儲けるという商売をしているので低金利=中央銀行からカネを低利で借りることができる点は一見すると銀行にとっていいことのように思えるが、借り手がいない今のような状態であれば貸出金利を限りなく低くするほかない。
法人融資、不動産融資では利ざやが取れなくなってきている。いくら中央銀行が金利を下げたところで借り手がいなければ本来の銀行ビジネスでは儲からないということだ。
とはいえ銀行側も貸し倒れを気にするあまり創業すぐの資金繰りが苦しいところには貸さない。たとえば「2期連続で黒字」を達成していなければ自動的に足切りを食らうわけで銀行からの信用を勝ち取るのはこの上なく大変なのだ。なので借り手がいないというニュアンスは正しくなく、借り手はいるがそこには銀行は貸さず、貸して欲しくない優良企業に無理やり貸しているという状況だ。
また、これら銀行の伝統的な融資業が儲からなくなって稼ぎ頭になってきたのが金融商品販売による手数料ビジネスである。非金利収入である手数料ビジネスはどの銀行も急務であったため窓口にいけば「投信いかがですか」と勧められ種々セミナーが開催されたものだ。
しかし銀行員の本分は銀行業務であり資産運用についての習熟した知識を持っている行員は少ない。いきおい毎月達成するべき数字の中に手数料収入が含まれるから売り方が乱暴になる。現在のように相場がいいときは文句は出にくいが、これが崩れてくると一気に矛盾が噴出することになるだろう。
また金融庁からの圧力でフィデューシャリー・デューティー(受託責任、顧客によりよい提案をすること)についても実行せねばならず、みずほ銀行ならみずほ証券など系列会社組成のファンド、金融商品だけでなく他の金融商品を同列に扱わねばならない状況となってきている。
金利差収入で苦しく、手数料収入で苦しい。日本の都市銀行は日本のマーケットをすでに食い尽くしているため日本に空前の好景気でも訪れない限り収入を伸ばして行くのは至難の技である。
2. IT化、AI化が進む
銀行業務は手続きと定形作業の塊である。「入力漏れはないか」「曜日の記入間違いはないか」などは人よりコンピュータがよく管理しうる。単に記録をするだけだった大昔のメインフレームとは異なり、現在のパソコンは3万円のものでも十分な計算能力をもちネットでクラウドに記録できる。
そうなると職人芸的な記入フォームのミスの指摘や稟議プロセスの管理はコンピュータがやってしまえる。銀行こそIT化に向いているはずなのに手書きのフォーム保管など手続きルール自体が旧態依然のものであるため税理士事務所の基調業務のようにIT化の荒波に飲まれずに済んだ。
しかしブロックチェーンなど「その手続が真正であること」を担保してくれる技術が現れたため過去の台帳を参考にはんこが正しく押されているかどうかを確認する必要はもはや存在しない。
また、すでにAIで簡単な質問に答えられる仕組みが登場してきた。電話窓口で応答している人が人間である必要はないし融資データを入力する人が人間である必要もない。IT化、AI化でその銀行業務自体が失われてししまうのだ。すでにインターネットバンキングとATMでなんでも済ませてしまう時代である。そのうち支店はもちろん自前のATMマシンもない完全オンラインの銀行が出てくるだろう。
そしてこのIT化、AI化の流れはますます加速している。機械が人間を代替する時代の先端にいるのである。
このようにIT化、AI化でそもそも業務自体が失われつつある。また銀行の本職である融資業でも、融資先などもデータを入力すれば貸出上限金額や金利が自動的に出てくる。その融資を担当するのがAIとなる。AIに何を覚えさせるかは確かに知恵や知識がいるが、昨今の機械学習で金利差利益と貸し倒れのバランスを全支店で最適化することですら可能となるかもしれない。
3. コンプライアンス基準が変わった
実体経済に甚大な影響を与えかねないグローバル金融機関は、保有するリスク資産について厳格な基準を設けなければいけないとする国際的な取り組み。それがバーゼル3。今後リスク資産を可能な限り抑制する方向であるため、融資債権などの保有資産が厳格に査定されることになる。これらリスク資産がバーゼル3の要求する基準に満たない場合、新規債券や新株発行などで増資をする必要が出てくる。
となると、コンプライアンス基準に可能な限り合致するようリスクの高い、それゆえに儲かる可能性も相応にあるものについてもリスク抑制の観点から多くを保有できない。安全資産であるということはそれだけの裏付けがあるということになる。米国債は間違いなく安全資産であるが、潰れかけの、しかし起死回生の可能性をもった町工場はダメなのである。
こういったコンプライアンス基準が厳しくなってきたこともあり、コンプライアンス対策自体にコストがかかることもあるが積極的にリスク資産を蓄積しづらくなったこともあってより儲けの可能性が少なくなってきている。
これら3つの条件が日本の銀行員の仕事を少なくする要因とされている。
世界の銀行は
しかし指摘しておきたいのは、これら3つの要因は日本だけに特殊な要因ではなくグローバルで発生しているということだ。世界的に低金利、IT/AI化、そしてコンプライアンス基準の変化が起こっている。この中でもIT/AI化による業務置き換えを凄まじいペースで進めている。ここ香港のHSBCでもアプリで送金やクレジットカードの管理ができるようになっている。
日本はつい最近まで護送船団方式で運営されてきたこともあって、「財務省の言うことさえ聞いておけば良い」という風潮があった。財務省があれやこれや口を出してはじめて実行に移す。しかし世界の銀行は取引シェアを拡大させるためにしのぎを削っており、IT/AT化による地殻変動はすでに起こっている。
Citi Bankのリサーチによると、アメリカの銀行で2025年までに40%、ヨーロッパでは45%の人減らしが計画されている。白タクアプリのUberがタクシー業界を破壊してしまったように、Fintech界隈が銀行業界を破壊するのはそう遠くない未来かもしれない。
そのとき、日本の銀行は「自然減」で対応できるのか。財務省(大蔵省)と銀行が馴れ合いのもと業界の行末の舵取りをしていた昔とはゲームルールが根本的に変化している昨今であり、この「自然減」という言葉には違和感がつきまとう。巨大都市銀行がいますぐ傾くことは考えられないが、技術革新を含む外部環境の変化は銀行の都合のいいペースで進んでいないことだけは確かだ。