債券市場概観 – 2019年2月
先月の債券市場をざっくり概観。格付け世界における深い谷、投資適格級かジャンク級か
数日前の朝、なにげなく新聞に手を伸ばしたらAMG創業者のArnold Yeung(アーノルド・ヤン)の写真があってびっくりしました。
アクティブ・ファンドは☆の少ないものを
AMGは今年で20年目でアドバイザー数も250を超えておりますが、派手なマーケティング活動などをすることはありません。資産運用は消費財とは違ってブランド認知がそこまで必要ないですしね。
ちなみに紙面の内容ですが、業界紙「ベンチマーク」の賞を受賞したこと、リスクへの考え方、投資信託(アクティブ・ファンド)の選び方などです。ちなみにアクティブ・ファンドの選び方については「勝ってる投資信託より負けてる投資信託を選べ」と彼も紙面で言っております。アクティブ・ファンドについては過去の負け組を選んだほうが将来の勝ち組になりやすいという統計がありますが、なかなか一般の投資家まで浸透しませんね。しかしこのブログを読んでくださってる方は、投資信託のパンフレットに「☆☆☆☆☆ 」とか「最優秀ナントカ」とか書かれているものを選択しないようにしてくださいね。それを選んだだけで痛い目にあう、というわけではありませんが投資信託を売っているその銀行員や証券マンですら、統計上投資信託の勝ち組は将来の負け組であるということをご存知ありませんからね。事実、モーニングスターが同じ主旨の本を出してます。
とはいえ☆1つの投資信託を選ぶのはなかなか勇気のいることです。思い切りがつかなければファイナンシャル・アドバイザーに「☆1つの投資信託から選んでください」と相談しましょうね。
ちなみにインデックスと同じ動きになるよう設計されているパッシブ・ファンドについてはただただ手数料の安いものを選択すればいいだけです。すなわち手数料0.2%よりも手数料0.1%のを常に選ぶ、ということですね。ETFなんかは手数料が安いものに資金が集中するので、流動性もあるのでビッド/オファーが乖離することもありません。たまに手数料とパフォーマンスの相関が逆転することがありますが、それは例外的に起こるものです。
堕天使リセッション
「失われたン十年」とか「100年に1度の不景気」とか景気後退時にはとにかくキャッチーな名前がつけられがちですが、私どもは次の不景気を(勝手に)「堕天使リセッション」と名付けます。
格付けのおさらい
債券には各々格付けがございます。たとえばHSBC永久債、クーポン6.875%ですと格付け機関のフィッチにBBBの格付けを与えられています。ソフトバンク永久債、クーポン6.000%ですとS&PにB+の格付けですね。格付けが高ければ高いほど信用力が高いとみなされて資金調達が容易になります。逆もまた然りで、格付けが低いほど高い利回り(=クーポン)を提示しないと債券投資家に買ってもらえないということになります。各格付け機関によって格付けの仕方は異なりますが、ざっくりAが信用が高くてCが信用が低いということになります。Aの中でも更に細分化されAAAやAaaがAAやAaよりも信用が高く、BBBはBBよりも信用が高いということになります。またA+(Aプラス)がA-(Aマイナス)より信用が高くなります。各格付け機関は会社の財務状況を調べ、その会社が発行した債券がきちんと投資家に返済される見込みはどうなのかを調べます。格付けは常に変更され、たとえばAAがAになったり(格下げ/ダウングレード)、逆にBBがBBB(格上げ/アップグレード)となったりします。格付けは会社にとっても今後の調達能力を左右する、非常に大切な指標なので各会社の財務担当はいかに格付け機関に良い印象を持たれるような数字を作っていくかが腕の見せ所となります。代表的な格付け会社にはムーディーズ、スタンダード・アンド・プアーズ、フィッチなどがあります。
各格付け機関の格付けの仕方については、英語ですがこちらを参考に。
Credit rating – Wikipedia
格付け世界における深い谷
さて、AAとかAとか格付け自体は細かく刻んでいるのにもかかわらず債券投資の世界では一本深~い谷があります。それがBBBとBBを分ける谷。
AAA
AA
A
BBB
(ここまで投資適格債券)
(ここから下がジャンク債)
BB
B
CCC
CC
C
BBB以上を「投資適格債券」といい、BB以下を「ジャンク債」「ハイイールド債」と言ったりします。たとえばハイイールド債ファンド、というとBB以下の格付けの債券ばかりを選択して組成したファンド、ということになりますね。
この谷、またぐとエライコッチャなのです。
たとえば年金基金(アメリカだとカリフォルニア州職員退職年金基金、日本だと国民年金)や大学基金(ハーバード大学基金など)ですと、基金によっては「投資適格債券にしか投資をしない」という運用ポリシーの基金があります。これら機関投資家は何兆円、何十兆円と凄まじい運用額ですから、仮に格付け機関から格下げされてBBBからBBとなってしまったら、すでにその債券を保有している機関投資家はそれら債券を売却せざるを得ません。だって「投資適格債券にしか投資をしない」というのが投資家との約束なわけですから。
売られると、需給バランスがくずれて市場での価値は下がります。債券の価値が下がると実質利回りは上昇することとなり、その会社が新たに発行する債券のクーポンも必然的に上げざるを得ません。債券を発行して資金を調達したい会社にとっては厳しい局面となるわけです。
BBBからBBはほんの少しなのに、格下げされたことで債券を発行している会社は財務的に窮してますます格下げを食らうという悪循環が始まってしまうかかもしれないのです。このように、BBB/BBの谷をまたぐと機関投資家など運用ボリュームの大きな投資家からそっぽを向かれてしまう危険性があるのです。
そしてBBBからBBへ格下げされた債券のことを、業界用語で”Fallen Angel”、すなわち「堕天使」といいます。
甘い格付け、増えるBBB
BIS、BBB債券のダウングレードの雪崩が次のマーケットクラッシュを起こすと警告
ファイナンシャル・タイムズの記事によりますと、世界の中央銀行の中央銀行であるBIS(Bank for International Settlements)が現在BBBの水準にある債券が格下げされると企業の調達コストが一気に上昇し、市場クラッシュを招くのではないかという指摘がありました。BBB格の債券はより高格付けの債券と違って投資家には好まれる投資対象ではあります。BBBに何が起きているのでしょうか。
堕天使ギリギリが増加
格付け機関の格付けは年々甘くなっています。2000年にはBBB格付けの会社のネット・レバレッジ = (借金 – 現金) / EBITDA(営業利益に減価償却費を足したもの)が1.7倍であったのに対し、2017年には2.9倍になっています。荒っぽくいうと、年間利益の1.7年分を借金返済に充当したら借金がチャラになったのが、最近では2.9年分必要だということです。
Investment Grade Credit: Be Actively Aware of BBB Bonds
それに、適格投資債券全体におけるBBB格付債券のボリュームは2008年から上昇しており、米ドル建てでは10年で48%から58%に、EUR建てでは34%から58%に増えています。
昔より厳格に格付けされているわけではないのに、堕天使になる(BBB → BB)ギリギリの会社が増えているということが見て取れます。しかしBBB/BBの谷は絶対。「景気が良くないから、BBB/BBの代わりに谷をBB/Bにしよう」とはなりません。そして連銀が金利上昇を止めそうだとはいえ既にゼロ金利時代ではなく、Brexitや米中貿易戦争と会社の事業運営には逆風が続いています。
そして金融経済は網の目のようにつながっているので、一つの事象が完全に独立して起こることはありません。サイコロを3つふって、1つのサイコロで1が出る確率は他の2つのサイコロで1が出る確率と完全に独立していますが、サイコロではなく1つの会社がうまくいったりうまくいかなかったりするとその効果は他の会社にまで波及するのです。
すなわち大きな会社がBBBからBBに格下げされると、その効果が全体に波及していきます。BBB格の大企業は、たとえばこんな面々です。発行額上位20の会社の発行済債券だけで、BBB債券全体の15%を占めます。
AT&T Inc
Verizon Communications
General Electric Company
General Motors Financial Company Inc
Ford Motor Credit Company
Barclays PLC
Amgen Inc
Kraft Heinz Foods Company
もちろんこれらの格下げではなく格上げの可能性もあります。借金が多くなってバランスシートが悪くなれば格下げですから、その逆に借金が少なくなってバランスシートが改善されれば、格上げされます。たとえば投資の神様ウォーレン・バフェットが大好きなチーズのKraft Heinzなんかは債券を発行して(=借金して)M&Aを繰り返してますので一朝一夕にはバランスシートの改善は難しそうですが、他の会社ではどうなのか分かりません。
このように、格付けが甘くなっているのにBBB債券が増えてているというのが現状です。
成長エンジンを失いつつある世界経済
ここ10年、世界経済を引っ張ってきたのは米国と中国であることに異論はないでしょう。中国は減税と巨額の債務を背負いながら。米国は経常収支を真っ赤にしながら。日本はいざなぎ景気超えということですが、米中による外需に支えられた景気です。
国も中央銀行も企業も個人も、限界までみんな借金をして消費をしたツケがそろそろ回ってきておりまして景気が鈍化する可能性が高まっています。今すぐ景気後退入りするわけではないというのがコンセンサスであり、ゴールドマン・サックスなんかは「景気はまた良くなり始めたかも?」なんてコメントしております。局地的短期的には改善はあるかもしれませんが、2-3年のスパンですとどうなんでしょう。
Goldman Sees Signs Global Economy Has Bottomed Out Already – Bloomberg
天使たちが谷に堕ちたら
BBB格債券が投資適格債券全体の半分近くを占めるようになったことは前述しました。そして格付け機関が甘い格付けをするようになったにもかかわらずBBB格債券が増えている現状をみると、景気がまだ好調な現在ですらBBB格債券を発行している企業は企業は綱渡り経営をしているのではないかと想像されます。
このように信用状況は逼迫しており、世界経済に今後強いプレッシャーがかかるとBBB群の会社は一気に格下げ、マーケットクラッシュの引き金を引くてしまうことになるかもしれません。リーマンショックのときがそうであったように、サブプライムローンの焦げ付きが引き金になって全世界的に巨大な信用不安を引き起こすという光景は今後も変わらないでしょう。2四半期連続でのGDPマイナス成長をリセッション(景気後退)といいますが、リセッションに陥ったときに過去を振り返ってBBB債券群の大量格下げ=堕天使たちが原因だったのかも… なんて語られる日がくるかもしれません。
債券ランキング中止
先月まで価格の変化やイールドの高さなどでランキングをしておりましたが、債券ランキングを書きますと投機的な債券で人生一発逆転を狙おうとされる方のお問い合わせを頂くことが増えまして… 投資はギャンブルではありませんからね。虎の子のおカネはキワモノ債券で運用してはいけません。
そんなこんなで「ポートフォリオの中心は安定路線で固める」という私どものアドバイス・ポリシーから逸脱するよねと他のアドバイザーからの意見もありしばらく債券ランキングは見合わせます。何卒ご容赦ください。
ただし、情報の透明化は私どもの使命ですから何らかの形で債券市場のダイナミックな変化を感じていただけるような仕組みは引き続き考えていきたいと思っております。引き続き、債券リストはこちらにアップしていきます。